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【夜葬】 病の章 -14-

公開日: : 最終更新日:2017/02/14 ショート連載, 夜葬 病の章

 

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どれだけ陰惨で残酷な風習であれ、喉元過ぎれば熱さを忘れる。

 

 

慣れとはかくも恐ろしく、人間の価値観を根こそぎ奪ってゆくものだ。

 

 

川舟の次男・釟郎の亡骸の顔にノミを立てる吉蔵の手元を見ながら、目を背けることもなく元は煙草の煙を吐いた。

 

 

『カンッ』

 

 

拍子木を控えめに叩いたような甲高い音。

 

 

それと共に押し付けた額にノミの先がめり込む。

 

 

『カンッ』

 

 

立て続けにもう一度叩くと、さらにノミの先は柄に近づくほどめり込んだ。

 

 

深くめり込んだノミの先を抜くのに釟郎の頭がやや浮き上がり、ノミが抜けると重力に従って床に落ちる。

 

 

『どんっ』

 

 

「おう吉蔵。【どんぶりさん】を雑に扱うなや。ノミ打ちくらい慣れたもんじゃろう」

 

 

「そうだが、釟郎は俺の幼馴染だ。【どんぶりさん】にするノミ打ちだって言うても愛着があるだろう」

 

 

「分かるがな、親しかった奴がやらにゃ【お顔さん】と【どんぶりさん】を綺麗に分けられんだろうが」

 

 

「知ってる。知ってるとも。俺が綺麗にほじっていい舟にしてやるからな。釟郎」

 

 

『カンッ』

 

 

黒川家が鈍振村に移って2年が経っていた。

 

 

時は一九三九年。

 

 

世間では日本政府が金製品回収・強制買い上げを実施していた。

 

 

麓ではすっかりと春の訪れるのを待っているが、山奥の鈍振村にはまだまだ根強く雪が残っている。

 

 

政府の人間もこんな厳しい山道を越えてまで鈍振村には来なかった。

 

 

単純にその存在が広く知られていなかっただけなのかも知れないが、日本の政治、ナチスドイツが第二次世界大戦に向かっていることなど村人たちは知りもしない。

 

 

吉蔵のかじかんだ手で握ったノミの頭を甲高い音で叩く木槌。

 

 

釟郎の顔。

 

 

目鼻口を避けるように円を描いてノミが入っている。

 

 

「それにしても毎回こんなスコップを指してちゃ割に合わんぞ」

 

 

「だったら何を使う? 今更墓石でも彫るか」

 

 

「バカな。それだったらわざわざ【お顔さん】と【どんぶりさん】を分ける必要なんぞないだろうに。

 

 

【どんぶりさん】が土ん中で重ならんようするだけの目印だ。そこに魂なんぞないだろう。だったらせめてこんなでっかいスコップじゃなしにもっと手軽で安いもんがいいんじゃないのかよ」

 

 

「それがないからこれなんだろうが」

 

 

ノミを置いた吉蔵が持っているのは土掘りや雪かきに使うスコップ。

 

 

それを釟郎に開けたノミの穴にあてがうと、刃部の上に足を乗せると強く蹴った。

 

 

『ざくっ』

 

 

面白いほどにあっさりスコップの刃部が釟郎の顔面に刺さる。

 

 

ノミで差し込みやすいよう穴を開けたおかげだ。

 

 

さらに箇所を変え顔の内側に角度をつけて、スコップを蹴る。

 

 

『ざくっ』

 

 

4度目のスコップで釟郎の顔はまるで丼鉢のように丸く抉り取られた。

 

 

「ほら、釟郎の【お顔さん】だ! 奉納箱にいれろ!」

 

 

底が黒い茶色の木箱を船原が持ち寄り、その中に釟郎の顔を入れる。

 

 

底が黒くなっているのは、何人もの【お顔さん】を入れ続けたため、長い月日を重ねて変色しているのだ。

 

 

遠目で【どんぶりさん】から【お顔さん】を取り分ける光景を見ていた元は、ハッと我に返った。

 

 

「おら黒川ぁ! なにしてんだお前は! 白飯がないと赩飯が作れんだろうが」

 

 

「すまん、すぐ行く」

 

 

十分ほど前に炊き上がった白米が入ったおひつを釟郎の【お顔さんを抜いた顔】の横に置くと、しゃもじで飯を詰めていく。

 

 

「ひーとつ積んでは父のためぇ~」

 

 

「父のためっ、ハッ!」

 

 

「ふーたつ積んでは母のためぇ~」

 

 

「母のためっ、ハッ」

 

 

奏楽で歌えるようになったとは言え、なんと間の抜けた滑稽な歌なのだろうか。

 

 

元はそう思いつつも、慣れた手つきで【どんぶりさん】に飯を詰め、中で混ぜる。

 

 

ねちねちと言う粘度の強い音を鳴らしながら真っ白に輝く白米は、たちまち真っ赤に染まっていく。

 

 

歌を歌いながら飯を顔に詰めている元に、妙な合の手を入れる村の男たち。

 

 

元は何度も同じフレーズを繰り返しながら飯を詰め続けた。

 

 

際限なくおひつの飯を詰め続けていると、顔の横に赩飯の塊がどさっと落ちる。

 

 

「二番飯落ちた~」

 

 

「ありがてぇ、ありがてぇ!」

 

 

「二番飯食った~」

 

 

「ありがてぇ、ありがてぇ!」

 

 

飯が顔から溢れることは想定内であり、むしろそれを前提として歌は作られている。

 

 

元は冷めた眼つきで落ちた二番飯を見つめ、あの日を思った。

 

 

そう。

 

 

二番飯とは、元と鉄二がやってきた当日に船頭に与えられたあの『紅い握り飯』の素であった。

 

 

【どんぶりさん】がなんであるかを知った後、元は狂ったように村の外へ飛び出し、気付けば川のほとりにいた。

 

 

放心状態で辺りを見渡し時、無我夢中で走り続けた果てに坂を転げ落ちたのだと知った。

 

 

「あいつらはなんちゅうものを食わせたんだ……」

 

 

口の中によみがえる生臭い鉄錆の味。

 

 

思い出しただけで胃から込みあがった。

 

 

「うぉええ!」

 

 

――人間を……人間の血を混ぜた飯? くり抜いた顔に詰めた飯だと?

 

 

今まで経験したことのない強烈な悪寒、鳥肌、吐き気。

 

 

あれが現実であったとは到底思えないほどにおぞましいモノ。

 

 

それは赩飯の握り飯なのか、それともそれを平静な顔で淡々とやってのける村人たちなのか。

 

 

元は、鉄二と共にここで暮らしていいものか、本気で悩んだのだった。

 

 

 

-15-へつづく

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