【夜葬】 病の章 -13-
「へえ、宇都宮から来たのかよ。えらい街から来たんだな。いくら住むところがないって言っても物好きだねぇあんた」
「いやぁ、都会といっても空気は悪いし人は多い。最近じゃ列車も走るようになってうるさくなったもんで。便利は便利だが、扱いきれんもんに差し出されても豚に真珠でさぁ」
「そうかい? いやぁ、列車か! 一度お目にかかりたいね」
船坂は気さくな男だった。
この村で出会った人間はみな親切ではあったものの、どこか不気味な空気を纏っている気がしていただけに元は船坂には気を許し、話した。
不気味な空気というのも慣れてしまえばどうということはない。
船坂と話しているとやはりそういうことなのだと自信が沸いてきた。
筋肉質な体と良く焼けた肌に子供のような屈託のない笑顔と無邪気さ。
街に下りればさぞ女性からちやほやされるだろう、などと元はつい考えてしまう。
――人嫌いの俺が好印象を抱くのだから間違いない。全く、人とは本当に不平等なものだな。
「ところで船坂さん。【どんぶりさん】を埋めると言うてましたな。なにぶん、なにからなにまで初めてなものでして……」
「ああ、そうだな。確かになんもわからんだろうに。ま、最初はただ見ておくだけでいい。なにか頼まれればその通り手伝ってくれればいいし、難しいことじゃないさ。
まあ、ただ……ちょっと驚くかも知らんが、そこは風習じゃと慣れてくれい」
「驚く、とは?」
「あんたぁ、【どんぶりさん】と聞いてなにを想像する?」
「そりゃあ、【どんぶりさん】というくらいだから……」
元は頭で自分の思う【どんぶりさん】像を描こうとするが、まるで浮かんでこない。
【どんぶり】はきっと【丼鉢】のことを意味するのだろうが、なぜ丼鉢を埋める必要があるのか。
わざわざ【さん】という敬称をつける意味も分からなかった。
「ははは、思いつかないのかよ! やっぱり都会物は頭の回転や知識はあっても、想像力っちゅうもんが足らんようだの」
「すみません」
「いいや、いやいや、別に謝るようなこっちゃない。ひとつも出てこんかったことが面白かっただけだ。思わず笑ってしまったが気を悪うせんといてくれや」
豪快に笑ってみせた船坂だったが、しばらく歩いた先で立ち止まると急に静かになった。
「黒川さん。こっから先は【どんぶりさん】を送る神聖な場所さぁ。わしが言うたようにすればええが、くれぐれもうるそうしたり暴れたりせんように頼むわ」
「ええ、分かりました」
急にかしこまり、真剣な表情に変わった船坂を見ておもわず元も背をただす。
「……ぷはっ! なぁ~んてな、神聖な儀式にゃ間違いないがそない気負わんでくれ。ただまぁ、そんくらいの気持ちを片隅に持っておけばいい」
「え? ああ、そうですかい……」
船坂なりの冗談だったようだが、独特のテンポに元は付いていけず、どう反応すればいいか分からなかった。
船坂はそんな元をからかうように笑いながら、正面に続く石畳の階段を指差す。
「この上に福の神さんを祀っておる神社があってのぉ。さらに奥行くと【どんぶり地蔵さん】がいらっしゃる。ここで【どんぶりさん】を清めてから埋めに行くんでなぁ」
再び普段の笑顔に戻った船坂が軽快に階段を上っていく。
さすが山育ちとあって、階段を上る速度が速く、元はなかなかついていけなかった。
「ちょっと待ってくだせぇ、もうちょっとゆっくり……」
「都会もんは情けないのぉ。これでもあんたに合わせとるのに」
ははは、とまた爽やかに笑い声を浴びせる船坂の姿をいささか恨めしく見上げながらなんとか上り切った。
階段を上り切った先に広がったのは、鈍振村の面積からは不釣り合いなほど立派な社だった。
「ふぇえ、こりゃすごい」
「ふふん、これが【鈍振村】自慢の神社よ。わしのこまい頃からずっと変わらず、父ちゃんや爺ちゃんの代の頃からずっと村を守ってくださっておる。
福の神さんが教えてくれた【夜葬】がわしらの代にも続いておるのは一重に福の神さんの社と、村に住む先祖代々の民が伝統を支えてくれたからじゃ。だから、これからもずっと先までわしらは守っていかんといかん」
思わず漏れた元の声に気をよくしたのか、船坂はさらに良く喋る。
だが元は純粋にその話が入ってきた。
小さな村では命の営みは信仰と共にある。
本質は村であろうが街であろうが変わりはしないのだろうが、閉鎖されたこの村ではそれこそが全てだと信じられているのだ。
だから村人の誰もが愚直なほど信仰を守っている。
この村に伝わる風習もみなそうなのだ。
元は本能的にそれを理解し、大きく深呼吸をした。
これからここで生きていくのだから、それらをすべて受け入れて行かなければ。
なぜだか元は自分にはそれができるような気がしていた。
それはきっと、ここが小夏の故郷であるだけでなく、船坂のような純真な男がいるという安心感からでもあった。
「さぁ、行こう」
ニコニコと笑顔を絶やさない船坂が元の背を叩き、2人は境内へと入っていった。
境内の中では20人ほどの男たちがなにかを囲んでいる。
「【どんぶりさん】だ」
「あれがそうなんですか……」
「船家のところの充郎ってやつだ。気のいい奴だったが、獣に噛まれちまってなぁ。なに、山に入りゃよくあることっちゃよくあることなんだが、充郎は大丈夫だろうって放っておいちまった。そしたら破傷風にかかっちまって……そこからは御覧の通りさ」
昨日の屋敷でも葬式の途中だと言っていたことを元は思い出した。
そして【どんぶりさん】という言葉も聞いた覚えがある。
――確か、その時に差し出された赤い握り飯はそれから握ったと言っていたなぁ。
「充郎は昨日の晩、【どんぶりさん】に乗って冥府へ旅立った。だからあとはこっちで【どんぶりさん】を埋めるだけだ」
「なるほど……【夜葬】というのは夜のうちに見送るという意味なんですな。ということは【どんぶりさん】というのは渡りの舟みたいなものですか」
ようやく元の脳裏にイメージが湧いてきた。
要は舟のようなものなのだろう。形が丼鉢のような形状をしているからどんぶり。
死者はそれに乗って冥府に旅立つのだから、敬称を込めて【どんぶりさん】と呼んでいる。
そうに違いないと元は確信しつつも、人だかりへと近づいた。
「みんなぁ、昨日から村に来た黒川さんがどんぶりさん埋めるの手伝ってくれるとよ」
「おお、そうかそうかぁ! ありがてぇなぁ」
「よく来たなぁ、変わった名前だが、仲ようしようやぁ」
思わぬ歓迎ムードの中で、人だかりが割れた。
そこから【どんぶりさん】の全体が元の目に入った。
「へぇ、これがどんぶ……」
顔を丸く抉られた男の死体だった。
「う、うぎゃああああああっ!」
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