【連載】めろん。57
・破天荒 32歳 フリーライター⑫
「……ああ、そうか。奴らはいつ帰った?」
高速道路を走りながら広志はイヤホン越しに通話をしていた。
ハンドルを握り、前を見つめる横顔が一瞬歪む。どうやらいい話ではなさそうだ。
「わかった。また連絡する」
そう言って通話を終え、広志は噛み殺すように控え目な溜め息を吐いた。
「問題発生?」
「さっき俺のデスクに公安がやってきたらしい。野盗のように根こそぎデスクに置いていたものを運んでいったとさ」
「どうしてそんなことに……」
「簡単なことだ。マークされていた、それだけのこと。ただし、体調不良だと言っているのにここまでされたことに驚いているがね」
もちろん、体調不良……というのは休むための口実だった。
「マーク自体はずっとされていたんだがな、ここまで重要視されているとは予想外だった」
そう言った広志の顔は、まだ言っていないことがあるような、すっきりしない表情をしていた。
「大丈夫? こんなことしてたら余計に……」
「もう後戻りはできない。それにもう今しかないのさ。俺のことは気にするな、蛙子。それよりも……」
後部座席には虚ろな瞳で窓の外を眺める檸檬の姿があった。その傍らで理沙が眠っている。
「ずっと眠ったままだ。俺には理沙のほうが心配だ」
「そうだね。私もそうだよ」
病院に連れて行くのが一番だ。だが病院に連れて行けば、理沙がめろんであることが判明してしまう。そうなればその後は考えるだけでも気分が悪くなる。
結局、私たちは理沙がこんな状況になっていても、一緒に連れて行くしか手段がない。どうしようも歯がゆくて、無力感に苛まれる。
だがそれは私なんかよりもずっと、檸檬のほうが――
「蛙子ちゃん」
「な、なに?」
「理沙は治る?」
突然、話しかけられてつい声が引っかかってしまった。だが檸檬はそんなことは気にする様子もなく、窓を見つめたまま問う。
「大丈夫だよ。約束する」
広志の横顔が「無責任なことをいうな」と言っている。無責任でもいい。今は檸檬まで悲しみに染めたくはない。
私の気持ちがわかっているのか、広志は運転しているだけでなにも口を挟まなかった。おそらく彼も、娘と檸檬たちを重ねているに違いない。
「わかった……ありがとう、蛙子ちゃん」
「いいのよ。まだ着くまで長いから、ちょっと寝たら」
「うん」
檸檬はうなずくと静かに目を閉じた。
広島まで車で行くのは遠い。まだ道のりは半分を少し過ぎたくらいだ。
「……奴らが持って行った俺のデスクの物に大したものはない。というより、めろんに近づくような物的な証拠はなにもない。おそらくはそんなことよりも、『どこまで掴んでいるのか』という目安が欲しいんだろう」
「どこまでわかってるって言っても、実際は別にこれっていうほどのことはないもんね。ただ、大城さんとギロチンがあそこにいる〝らしい〟ってことくらい」
「なにを言っているんだ。俺たちには切り札がある」
「切り札って……」
広志が親指で後ろを指した。
そうだった。このふたりこそが、誰も掴んでいない切り札だ。こんな子供が。
「泣いてるのか」
「そうよ、泣いてるわよ。こんなひどいこと……あっていいわけないじゃない!」
「そうだな」
死んだように眠る理沙は、いずれ目を覚ますのだろうか。願わくは、檸檬が悲しまず、理沙が元気に回復しますように。
深夜に出発し、広島に着いたのは午後を大きくまわった頃だった。
「このまま山に入るのはさすがに危険だな」
広志の言葉に同調する。今はまだ明るいがめろん村に到着する頃には日が落ちていそうだった。
「それに疲れた」
それも当然のことだ。途中、何度か休憩をいれたものの広志がひとりでここまで運転をした。疲れないはずがない。
「ホテル探そうか」
「頼む」
スマホを取りだし、近隣ホテルの空室状況を調べた。
車を路肩に停車させ、広志もスマホを確認する。
「この近くだと……」
「ちょっと待て、電話する」
着信が残っていたらしく、広志は慌ただしくスマホを耳に当てた。
広志の通話が終わってから相談しようと思い、再びスマホに目を落とした時だった。
メールの通知が届いた。
【ギロチンさんからのメール】
「えっ、ギロチン!」
思わず声がでてしまった。幸い広志は気にかけていない様子だ。
「一体、今までどうしてたのよ……」
つぶやきながらメールを開封し、中身を確認した。
【破天荒 改め 雨宮蛙子さま
はじめまして。私はお隣にいらっしゃる綾田広志さんの友人で両間伸五郎と申します。
お知り合いのアドレスからのメールで驚かれていることかと思いますがご容赦ください。さて、早速で恐縮ですが本題です。
星野檸檬、理沙の姉妹がそちらにいらっしゃいますでしょうか。ご一緒でしたら、わたくしどもが身柄を保護いたします。
現在、広島市内にいらっしゃることはわかっておりますので雨宮さまのお手間はおかけしません。こちらからお迎えにあがりますのでそのまま星野姉妹と行動を共にしていただけると幸甚の至りです。
綾田氏にも個人的に積もる話もございますので、是非食事でもご一緒にいかがでしょう。そうですね、瑞々しく甘くておいしいメロンをデザートにおだししますよ】
全身が総毛立ち、一斉に鳥肌がたつ。
両間伸五郎? ギロチンのアドレスからなんで? どうして檸檬たちのことが?
ううん、それよりも――
「広志、私たちの居場所が……」
「蛙子、いますぐスマホを捨てろ!」
事情を知るはずのない広志が真剣な顔で叫んだ。すぐに意味を察し、窓からスマホを投げ捨てる。間違いなく、あれが私たちの居場所を検知していたのだ。
「予定変更だ。このままめろん村へ行く」
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