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【夜葬】 病の章 -75-

公開日: : 最終更新日:2018/06/05 ショート連載, 夜葬 病の章



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事件が起こったのは、村に訪れた2日目だった。

 

 

葛城が率いるテレビクルーのひとりが、取材の最中、誤って崖下に滑落したのだ。

 

 

助かる見込みがないほどの高さではなかったが、無事でいられるような高さでもない。

 

 

葛城らが慌ててクルーに駆けつけると、全身を傷だらけで、苦悶に表情を歪めていた。

 

 

「どうしたんですか!」

 

 

村に戻ると敬介が異状を察し、駆け寄った。

 

 

顔面蒼白になりつつも状況を説明する葛城に対し、親身になって聞き遂げるとすかさず村の中央にある公民館に怪我人を運んだ。

 

 

「病院はないんですか!」

 

 

クルーのひとり、村井が不満げに声を荒げる。

 

 

葛城は彼に落ち着くよう言い聞かせるも、聞く耳を持たないように敬介に詰め寄る。

 

 

「すみません。村のしきたりで、医者は置いていないのです」

 

 

「しきたり? なにを馬鹿な! こんなところで大けがをして……杉山に死ねっていうのか!」

 

 

興奮を抑えられない村井は、怪我をしたカメラマン・杉山の身を案じるあまり乱暴な口調になっていた。

 

 

「心許ないと思いますが、ここには多少の薬と医療品ならあります。とにかく今は彼に応急処置をしないと」

 

 

村井とは対照的に冷静さを保った敬介は、慣れた手つきで救急箱から包帯とガーゼ、それに消毒薬を取りだすと怪我をした患部に処置を始めた。

 

 

葛城らのテレビクルーは葛城を合わせて4人。宇賀神を合わせれば5人だ。

 

 

ディレクターの葛城、カメラマンの杉山、アシスタントディレクターの田中、音声の河中……。

 

 

中でも最も重要な役割を担うのがカメラマン。カメラマンが映像を撮らなければテレビとして成立しない。

 

 

杉山を心配げに見つめるふたりの背で、葛城の心配は別の方向に向いていた。

 

 

映像は生きているのか。

 

 

この後も収録はできるのか。

 

 

杉山の身を案じて然るべきだが、葛城はそればかりに気を取られて顔のあちこちを腫らした杉山の顔すら見れなかった。

 

 

「どうすんだよ。こんな山奥くんだりまで来て収穫なしじゃ帰るに帰れねえぞ」

 

 

「葛城さん! なに言っているんですか、杉山が大変な目に遭っているのに!」

 

 

「うるせえな! 杉山がどうなろうと知らねえよ! 大事なのはカメラだろ!」

 

 

「あんたって人は……見損ないましたよ!」

 

 

「見損なっただぁ? ああ、だからなんだ。見損なったからここから出ていくか? 杉山を連れて。こんな夜中に」

 

 

「落ち着いてくださいふたりとも。杉山さんの傷に障ります」

 

 

葛城と村井の言い争いを、敬介がなだめた。見た目よりもずっと落ち着いた敬介のひと声にふたりは表情を尖らせたまま距離を置く。

 

 

「それで、杉山の容態はどうですか」

 

 

葛城と村井には任せていられないと、田中が敬介に訊ねる。

 

 

村に運ばれてから数時間が経過していたが、横たわる杉山からは目に見える回復は望めなかった。

 

 

「残念ですが、状況はかなり厳しいですね。血は止まっていますが、熱は上がる一方ですし、汗も引かない。今は水分を切らさないようにするしかないようです」

 

 

「そんな……じゃあ、杉山は死んでしまうのか」

 

 

「……あとは本人の気力次第でしょうか」

 

 

敬介の見解に、自然と杉山に注目が集まる。

 

 

ぜえぜえと苦しそうに胸を上下させている杉山の体は、あちこちに包帯が巻かれている。

 

 

処置するほどでもなかった擦り傷や痣、包帯から滲んだ血のシミ、不自然に腫れた患部――。

 

 

どれをとっても痛々しい。

 

 

素人目から見ても、このままで回復に向かうわけがないとわかった。

 

 

「葛城さん。気持ちはわかりますが、朝が来るのを待って山を下りるしかないですよ」

 

 

「馬鹿いうな。杉山を置いて取材は続けるからな」

 

 

「カメラはどうするんですか。完全に壊れてますよ!」

 

 

「だったらお前らで杉山を連れて下りろ。そして、代わりのカメラを持ってくるんだよ!」

 

 

「そんな無茶な!」

 

 

「口答えするんじゃねえ! お前ら、ディレクターの俺より偉いのか!」

 

 

ゲホッ!

 

 

葛城の怒声に着火したかのように、ひと際激しい咳が鳴った。

 

 

濁音の混じった、ひと耳聞いただけで普通ではないとわかる厭な咳だ。

 

 

4人の視線が再び杉山に集まる。咳の主は彼以外にはあり得ない。

 

 

杉山の口からは大量の血が噴き出していた。

 

 

ゲホゲホと生気を奪うような咳を数度繰り返し、傍らにいる敬介が軌道を楽にするために上体を持ち上げる。

 

 

しかし、それを待たずして咳がやんだ。

 

 

「…………」

 

 

「お、おい。どうした。なぜ黙っている」

 

 

敬介は閉口したまま固まっていた。

 

 

あれほど苦しそうな咳を繰り返していた杉山だったが、今は穏やかに目をつむっている。

 

 

口元から流れ出る血が、彼がただ眠っているわけではないと痛烈に伝えているようだった。

 

 

気付けば、ぜえぜえ言っていた苦しそうな呼吸音も静かだ。

 

 

「……亡くなられました」

 

 

敬介の言葉に一同は息を呑んだ。

 

 

非情な宣告に気持ちと理解がついていけなかったのだ。

 

 

「し、死んだ? 死んだのか、そいつ」

 

 

あれだけ威勢を飛ばしていた葛城も、唐突に訪れた仲間の死に戸惑いを隠せなかった。

 

 

声を上ずらせ、敬介に抱きかかえられた杉山を呆然と見つめる。

 

 

「そんな! なんで杉山さんが……うわああ!」

 

 

音声の河中が悲痛な叫びでもって泣き崩れた。

 

 

村井と田中は棒立ちのまま、心が宙を漂っている。

 

 

しばらくの沈黙。それが黙祷に変わる様子がないのを察したのは敬介だった。

 

 

敬介は、ゆっくりと杉山の亡骸を枕に戻すと手を合わせる。

 

 

「杉山さんのことは、非常に痛ましく残念でした。事故とは言え、人が亡くなるというのは悲しいことです。ですが、ご安心ください。せめてもの餞(はなむけ)に、ご遺体は私たちが責任をもって【夜葬】にて弔います」

 

 

 

 

-76-へつづく

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