【連載】めろん。92
・破天荒 32歳 フリーライター⑲
坂口と広志の捜索にでて結構な時間が経った。
灰色の曇り空は今にも雨が降りそうで、見上げると気持ちが不安になる。
心なしか坂口の背中からも焦りのようなものを感じ、私もまた落ち着かない。
「ねえ、なんであのスーパーだけはいかないの」
「くどい。あそこは危険だと言ったろう」
「聞いたけど……でもあそこ以外はもう大体捜したでしょ」
「なら諦めるか? 俺はそのほうが助かるし……それに家を隅々まで捜索したわけじゃない」
そんなこといっても、と言いかけた言葉を飲み込む。
確証など端からないのはわかりきっている。弱音を吐けばたちまちその内容が現実のものになりそうな気がした。
「あんたの言う通り。けど、あのスーパーが危険だからってあそこだけ除外するのにそろそろ無理が出てきたとは思わない?」
「あそこだけは想定に入れない。仮に綾田があそこに迷い込んだとするなら、それはもうゲームオーバーというだけだ。絶対に助からない」
坂口はこの村のことを知っている。だが足を踏み入れたのは……それも単独でははじめてだ。極度の緊張で精神的に消耗しているのは彼も同じ。
実際、坂口がいなければわからなかったような場所はいくつもあった。難があるとすればそのどこにも広志の姿がなかったということだ。
「あともう少し捜して手がかりもないようなら今日は戻ろう」
「でもそれじゃ広志が」
「俺たちが帰らなければあの姉妹が危ないだろ。お前はどっちを守りたいんだ」
言葉に詰まる。そんなの口にだしていえるわけがない。
坂口はそれ以上追及せず、黙って広志の捜索を続け私もまたそれに倣った。
緊張と不安でおかしくなっている。そんなこと当たり前だった。私も、坂口も、そして広志や星野姉妹も。ここで正気でいられるほうが狂っている。
だからここに長居したくないと本能が叫んでいるのかもしれなかった。
薄暗く灰色の空はいよいよ暗みがかってきた。
夜になって視界が悪くなることを想像して体が縮み上がりそうになった。
この緊張と不安を抱えたまま、夜を迎えるなんておかしくなるかもしれない。坂口のいう通り、今日のところはここで切り上げたほうが――
「止まれ」
坂口の声に心臓が止まりそうになった。
「誰かいる」
ここまで不審なほど人を見かけなかったのに突然、坂口が通行人を見つけた。
坂口の無言の背中から緊張感が漂ってくる。唾を飲み込むのすら忘れそうだ。
物陰に身を潜め、様子を窺っているとひとりの男が現れた。
中年ほどの男で、キョロキョロとなにかを探しているような素振りを見せる。
「頭を下げろ、見つかる」
そう言って坂口は一歩下がった。
確かに男の挙動でははみ出た頭をすぐにでも見つけられそうだ。
「まずいな、そっちから出よう」
坂口は私を横切り、逆方向へと進んだ。男に発見されるのを怖れて反対方向から道に出るつもりだ。
「ちょっと待て」
坂口についていくとすぐにまた制止され、立ち止まる。
「なんなの、早く出ないと――」
「また人だ」
えっ、と思わず発し、坂口の脇から顔を覗かせた。
思わず口元を覆う。信じられない光景がそこにはあった。
「さっきまで誰とも会わなかったのになんで……」
道には数人の通行人……いや、住民が出ていてキョロキョロとなにかを探している。
それはつい今しがた見た男の挙動と同じだった。
男だけじゃなく女も、年齢も背格好もバラバラだ。共通しているのは、挙動だけだ。
「なにを探しているの……?」
「おそらく、俺たちだ」
「えっ!」
「静かにしろ! そうとしか考えられない。綾田が見つからなかった以上、奴は捕まったとみるべきだ。今のようにわらわらと現れた住民に発見されたに違いない」
「決めつけないでよ、どこかに隠れているのかもしれないじゃない」
「その可能性もある……が、俺は悲観的でね。基本的には悪い方で考えて対策を打つ」
「ほんと性格悪い」
「慎重といえ」
ともかく、出口が塞がれてしまった。
だからといってこのままここに留まっていても見つかるのは時間の問題だ。いっそのこと何食わぬ顔で出て行ったほうが案外バレないかもしれない。
「答えるまでもない。夜が近づいてわらわらと出てきたのは、今しがたなんらかの伝達があったのだろう。……そうか」
坂口は自分で言った言葉になにか閃きがあったようだ。
「もしかすると俺はお尋ね者リストにない可能性がある」
「は? どういうこと」
「綾田が拘束されているとしたら、両間たちは『ほかの3人』と考えるはず。そこに俺の名があるとは考えにくい」
カメラで監視されていなければ、と付け加えた。
「つまり?」
「祈って見ていろ」
そういうと坂口はかがんでいたのをすっくと立ちあがり、堂々と道に躍り出た。
(うそでしょ!)
思わず叫びそうになるのを耐え、見守るしかない坂口の背中に釘付けになる。
住民たちは突然現れた坂口へ一斉に注目したが、すぐに興味を失くしたように目を逸らした。
探している人物と違う……と認識したのだろうか。
もしそうなら、坂口の仮説は正しかった。連中が捜しているのは……私と星野姉妹。
背筋が凍り、血の気が引いた。
もしもこのまま坂口が私を放ってあのまま行ってしまったら。
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