【夜葬】 病の章 -86-
テレビ屋さん。
あんた、知っているかい。
世の中には知ってはいけないことってものがある。
人間ってのは不思議なもんでねぇ。
知らぬが仏ってわかっていても、手の届く近さに『真実』があれば近づいてしまう。
知ってしまったら最後。
後戻りができなくなるっていうのにねえ。
わかってるんだ。
わかっているのに、ついつい覗き見しちまう。
……怖いもの見たさって言葉があるだろう?
ありゃあ罪なもんだ。
怪談や夜話にキャアキャア喚いてる女子供も、いざ話が始まれば息を殺して聞き耳を立ててやがる。
怖れ、とはなんだろうね。
怖いという感情は、ありゃあ『死の危険』を察知する感覚じゃあないのかね。
だとすれば、わざわざそれを知りたい。感じたい。……なんていう人間はやっぱり俺からすれば物好きという他ないねえ。
俺が言いたいのはね、『知る』ということは『怖れ』ということなんだ。
興味や好奇心もあるだろう。
けれど触れてはいけない『穢れ』とはもれなく真実と共についてくるもんさ。
意図せず真実に近づけば、いつの間にか触れている。
【夜葬】にはそんな穢れと恐れがあるのさ。
さあ、テレビ屋さん。
それでも知りたいのかい。本当のことを。
今ならまだ引き返すことができるってもんだ。
そのテープレコーダー、急に調子悪くなったんだろう?
仕方ないさ、機械は正直だ。
人間よりも純粋に、『触れたくないもの』に反応する。
故障じゃなく拒否。きっと帰れば元に戻るよ。
やれやれ、それでも聞きたいのか。
若いというのは恐ろしいねえ。
だがしかし、俺自身も若い頃の恐ろしい経験がきっかけとなったんだ。
若さとは無謀なのだな。
失敬。
勿体つけるつもりはなかったんです。勘弁してください。
俺はねぇ、一九五五年のあの日、新聞屋とテレビ屋に投書をした。
余所者もいなくなり、【夜葬】を再び蘇らせたあの村のことが気になったからだ。
誰も止める者もいなくなり、敬介という悪夢のような存在が村の者たちを率いた。
村がどうなってしまうのか、知りたかった。
それにもうひとつ。
こっちが本懐だと言っていい。
誰かに止めてほしかった。都合のいい口上だってのはわかっている。
でもねぇ、俺はもうあの村には行けない。
そういう風になっちまったんだぁ。
あの村の存在が電波に乗れば、もしかすると……と期待したんだな。
新聞屋の宇賀神さんところに投書したのは、彼は村の場所を知っているから道案内してもらおうと思った。
テレビ屋さんに投書しておけば、きっと宇賀神さんに辿り着くだろうと踏んでね。
だが結果はご存じの通りさぁ。
テレビ屋さんも宇賀神さんも、どっちもいなくなっちまいやがった。
きっと、彼らはどんぶりさんになったのかなぁ。
本当に悪いと思っているよ。自分の心残りを他人任せにした代償かね。
ああ……そうなんですわ。
癌でしてね。どこの? そりゃああちこちですよ。へへへ。
だから、俺は老けてるでしょ。年よりもうんとね。
外見だけは親父に似てきたな、って思いますよ。
俺の話はいいんだぁ。話を戻そう。
問題はねぇ、彼らがいなくなったということは『連中にとっても不測の事態だった』ってことなんじゃないかって思うわけだ。
例えば、村でテレビ屋か宇賀神さんの誰かが死んだ……とか。
そうなれば死者は置き上がっちまう。地蔵還りとして。
それを阻止するには【夜葬】で葬るしかないんだぁ。
不思議だろう? 不可解だろう?
あの土地で死ぬとねぇ、村の人間だろうが他所の人間だろうが関係ない。
必ず『起き上がる』んだぁ。
一体いつからかわからないけどねぇ、【夜葬】がそのための儀式だとすれば、かなり昔からそうだったんじゃないかねぇ。
そりゃあ死者が歩き、生者を殺してまわるってんだからそんな恐ろしいことはない。
でっちあげの【福の神】に縋るだろうさ。
でもねぇ、俺は知っちまったんだよ。
今、俺は【福の神】がでっちあげだって言ったろう?
あの村で崇めてる神は、人が創った「ありもしない神様」なんだよ。
おそらくだがぁ、あの村はその、「ありもしない神様」を祀り、崇めることで怪異を引き起こしてるんじゃないかって思うんだぁ。
おっとっと、脱線したかね?
けどこれも大事な話だぁ。知っていて損はないと思うぜぇ。
とにかく、もしも村で彼らのうち誰かが死んで、それを他の誰かが無理に持ち帰ろうとしたとしたら、村人……いや敬介はただでは返さない。
【夜葬】をはじめちまう。
……ん? ああ、そっちの【夜葬】じゃない。お変わりのない方の夜葬だからな。
本当の【夜葬】は、一度始まっちまえば『二九人死ぬまで終わらない』。
いや、正確に言えば『二九人の魂が地蔵に戻るまで終わらない』……だな。
顔色が青いな?
気色の悪い話だものねぇ。仕方ないですわぁ。
そんな心境の時にこんなことを言わないといけないってのは、どうにも気が引けるんですが……。
あんた、『全部聞いた』ね?
どんぶりさんのこと、村のこと、夜葬のこと。
知ってはいけないことっていうのはなんのことか、そろそろ答え合わせが欲しいんじゃないですかぁ?
……この話をね、聞いた人のところにやってくるんですよ。
いきなり現れたりはしないんで安心してください……ただ、あきらかな『兆候』があるんでねぇ。
それは、残念ながら俺にもわかりません。
わかるのは、『どんぶりさんは、なんらかの手段をもって来ることを知らせる』ということですかねぇ。
なぜそんなことを知っているのかって?
そりゃあ村の出身ですから。贄になった子供たちがね、【夜葬】を真似て遊ぶんです。自分たちと同じ二九人を供物にするまで。
俺はね、それを拡散するための道具でしかないんだぁ。
よかったねぇ、俺が癌で。
死ぬまでに拡散できる人数なんて知れてるし、あんたみたく『自分から知りたい』と言いに来た人にしか俺は教えない。
残念だったねぇ。まだ若いのにねぇ。
遺書、書いておいたほうがいいと思いますよぉ?
次に会うことはおそらくないと思うなぁ。
俺か、あんたか、どっちかは確実に死んでるからさぁ。
ねぇ、テレビ屋さん……あ、違った。『弁護士』さん。
スポンサードリンク
関連記事
-
【連載】めろん。10
めろん。9はこちら ・木下 英寿 19歳 大学生① 『真空~……ッ』 「
-
【夜葬】 病の章 -77-
-76-はこちら 敬介は松明を持った。
-
【連載】めろん。63
めろん。61はこちら ・綾田広志 38歳 刑事⑳ 俺は息を潜め物陰か
-
【連載】めろん。70
めろん。69はこちら ・綾田広志 38歳 刑事㉗ 弘原海から
-
【無料お試し】おうちゴハン3 / 新作ホラー小説
「ですからね、奥さん。この写真、買ってくれませんかね? ひぇっひぇ」
-
【無料お試し】おうちゴハン2 / 新作ホラー小説
豊が帰宅したのは20時を過ぎた頃だ。 真っ暗な
-
【連載】めろん。96
めろん。95はこちら ・綾田広志 38歳 刑事㊱ この部屋にひとりだ
-
【夜葬】 病の章 -39-
-38-はこちら 窪田の登
-
【連載】めろん。49
めろん。48はこちら ・三小杉 心太 26
スポンサードリンク
- PREV
- 【夜葬】 病の章 -85-
- NEXT
- 【夜葬】 病の章 -87- 最終話