【連載】めろん。25

・大城大悟 38歳 刑事①
綾田の話を聞いていた俺は頭を抱えた。
公安が『メロン』の事件を攫ってゆく、そこまでは知っている。だが綾田の言っていた【両間伸五郎】という男がここまでやってきたのだ。
正直、東京と広島でのことなので自分には関係ないと思っていた。メロンに関してだってそうだ、こっちがお手上げである以上公安が攫ってゆくことにも別段不満もない。
しかし、だからと言ってこれはどうだ。黙っていていいことなのか?
がすっ、と鈍い衝撃音足元に伝わってくる振動。くぐもった怒号。
あれがみんな年場もいかない少女に向けられている暴力だと思うと、気がおかしくなりそうだった。
「ん~? どうしました、大城刑事」
「い、いえ」
「なぁ~にか、言いたいことがあったら言っていいんですよ? 言った後で後悔するかもしれませんが、言わずに溜め込むより体にいいかもしれませんしね」
どの口がそれを言うのだ。
両間は俺と共に取調室の前に立っていた。中で行われていることはもちろん知っているはずだ。だが中には決して入らない。自分の手は汚さないのが信条らしい。反吐がでそうだ。
『んっ! んんっ!』
猿轡(さるぐつわ)をされているのか、言葉を発しない。代わりに苦しみを声に乗せ、何度も叫んでいる。それを訊くたび、背に不快感が走り回り鳥肌がたつ。
俺にも娘がいる。まだ9歳だが中で折檻を受けている少女の歳とそれほど大きな大差はない。自分の娘がされていると考えるだけで正気を失いそうだ。
「あの……両間さん」
「ん~? どうしたの大城刑事」
「中では一体なにを……」
「聞きたいの? 教えてもいいけど、そのかわり君も無関係ではいれなくなっちゃうよ~」
無表情のまま笑む。まさにそんな表現がぴったりな笑顔だった。
顔は笑っているのに、無表情にしか見えない。よくできた人形劇を見ている気分になった。
『無関係ではいられなくなる』それはまさに呪いの言葉だった。その呪いが決して、このドアを開けさせない。両間に逆らったところで自分の立場が脅かされる、とは考えにくい。だがこの男には『逆らわさせない』という不思議な迫力があった。
「私に黙っていろ、と……仰りたいので」
「なにを黙るの~。なにを見たのかな、なんにも見てないでしょう」
「ですが中から聞こえるのは……」
「だ・か・らぁ~、『見るか?』って聞いてるじゃないですかぁ」
丸いレンズの奥、くぼんだ眼窩、骸骨のような痩せぎすの体。それに黒いスーツ。これは現代に現れた死神じゃないか。
『がしゃんっ』
『んんっ、んんん!』
あの少女は死神に魅入られたのだろうか。こんな目に遭うような業を犯したのか。
「両間さんがここにいらっしゃるのでしたら、ここに私は不要では」
「不要じゃないよ~。だって、ここに僕たちだけだったら『なにしてるかわからない』とかなんとか言うじゃない。ほら、今色々とうるさいし。だから大城刑事には証人としていてほしいんですよぉ~。ね?」
「し、しかし、私は」
「悪いようにはしないから。もう少しそこにいてほしいな」
さらに食い下がろうとしたところに両間は「あ~それと!」と遮り、立ち上がった。
そして俺に歩み寄ると息がかかりそうなほどに接近し、ガラス玉のように感情が全く見えない目で、顔を覗き込んでくる。
「中を見る気がないなら、できるだけ黙って立っといてほしいんだけど」
額に汗が伝い、改めて背筋を伸ばした。
室内からはまるで猿か猪が暴れているかのような、乱暴な音がし続けていた。
疲れ果て、家に帰ったのはもう日付をまたごうとしている頃だ。
冷蔵庫を開けるがビールもチューハイもない。今日は総じてツイていない日だった。
仕方なくグラスにウィスキーを注ぎ、適当に水で割った。
「帰ったんだ。珍しいね、ウィスキー?」
「お前がビールぐらい買っておかないからだろ!」
「なによその言い方! 大悟が酒は自分で買うっていつも言ってるからでしょ!」
妻の芙美(ふみ)は俺に負けず劣らず勝気な性格だ。どれだけ屈強な男が相手だろうが、自分が正しいと思えば絶対に引かない。
社会人ラグビーをやっている時に知り合い、その気質が気に入り交際に至った。結婚し、母親になってからは衰えるどころかむしろ勝気な性格はより強固になった。
「悪い。ちょっと気が立ってて、忘れてくれ」
「なによ、もう。でも珍しいじゃない、大悟が参ってるの」
「参ってるっていうか……まあ、そうか。そうだな」
ちょっと人間関係でな、と笑う。
「嘘。もっと別のことでしょ」
どうやらうまく笑えていなかったようだ。すぐに図星を突かれた。
「絵里奈は寝たか、未來は?」
「ふたりとも寝てるわよ。何時だと思ってるの」
「そうか」
「変よ、大悟。話くらい聞くけど」
芙美は俺を気遣い、隣に座った。話そうか迷ったが、振り払うように小さく頭を振る。
「いや、いいよ。口にするのも厭なんだ」
「そう? 本当に大丈夫?」
「ああ、すまんな。心配かけた」
ならいいけど、と再び立ち上がり芙美はソファに横たわる。
「またそんなところで横になってたら寝ちまうぞ」
「寝ないわよー……」
そう言った言葉の尾が消えかかっており、実に怪しい。疲れているのはお互い様なのだから、仕方ないな、と溜め息を吐いた。
やっぱり俺は無理だ。止められなかった自分も情けないが、あれを見てみぬ振りをするなど。
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