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【夜葬】 病の章 -39-

公開日: : 最終更新日:2017/08/29 ショート連載, 夜葬 病の章

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窪田の登場で鉄二は余計に頭がぐちゃぐちゃになった。

 

 

その熱を冷まし、頭をすっきりさせようと皮に飛び込んだまま鉄二はしばらく泳いだ。

 

 

山の水は透明に澄んでいて、水中で目を開けてもなんの痛みも感じない。

 

 

ヤマメやイワナが鉄二に驚いて右往左往に逃げ惑っている。

 

 

その様子を見て鉄二は、本当の意味での自分の居場所などもうどこにもないのではないかと思った。

 

 

憎み、嫌っていた鈍振村にならば望んでいなくとも自分の居場所は永久にある。

 

 

そう思い込んでいたが、今の鈍振村には鉄二の思っていた居場所はありそうにない。

 

 

無論、ゆゆは他の村人の中には自分を歓迎してくれる人間はいる。

 

 

だが現実は自分のことを知りもしない新参者が半数。

 

 

夜を恐れないあの村はもう自分の知る村ではない。

 

 

自分の知る村でないということは、知らない村と等しい。

 

 

ならば、そこに元々あったはずの自分の居場所などないのではないか。

 

 

機敏な動きで逃げ惑う川魚たちを水中で見つめながら、鉄二は自分自身を問うた。

 

 

「てっちゃーん!」

 

 

川の水面から顔を出した鉄二を呼んでいるのはゆゆだった。

 

 

誰から聞いたのか、鉄二がここにいることを知っていたと言っているように手を振っている。

 

 

「お腹空いたでしょー? おにぎりあるよー!」

 

 

「ああ……」

 

 

絶妙なタイミングだった。

 

 

泳ぐ魚たちを見ていて鉄二は腹が減ったと考えていたところだったからだ。

 

 

魚でも捕まえて焼くか。

 

 

しかし、素手でつかみとるには川は広すぎる。

 

 

そんななんでもないことが頭をよぎっていた鉄二にはありがたかった。

 

 

「ふふふ……」

 

 

「なにがおかしいんだ」

 

 

ゆゆに近づくと、彼女はおかしそうに笑いながら「だって、てっちゃんがここにいるんだもん」と言った。

 

 

「なんだそりゃ。そりゃあいるだろう」

 

 

「そういうことじゃなくって、ほんの少し前までてっちゃんは村にいなかったのに、って思うと嬉しくなっちゃって」

 

 

「そんなことで喜べるなんて、めでたいやつだな。お前は」

 

 

呆れた顔でゆゆが抱えている竹の皮の包みに手を伸ばした時、ゆゆはその手を強く掴んだ。

 

 

「そんなこと? そんなこと、じゃないよ。てっちゃん」

 

 

まん丸に剥いた目で鉄二を見つめ、ゆゆはいつもよりも声を張った。

 

 

その迫力に思わず鉄二は反応できずに息を呑んだ。

 

 

「てっちゃん。てっちゃんはね、いなかったんだよ。ずっと、ずっとずっとこの村にいなかったんだよ。だからね、だからこれは『そんなこと』なんかじゃないんだよ」

 

 

「そ、そうか。悪かったよ」

 

 

そう答えるのが精一杯だった。

 

 

ゆゆは鉄二の返事に満足したのか、普段通りの表情に戻ると手に持ったにぎり飯を包んだ竹の皮を差し出す。

 

 

無言でそれを開けた鉄二は凍り付いた。

 

 

「お前、こ、これって……」

 

 

「懐かしいでしょ、赩飯のおにぎり」

 

 

赩飯とは、どんぶりさん……つまり、死者のくりぬいた顔からでた血を混ぜ込んだ白米のこと。

 

 

見た目からして真っ赤な色をしており、一見すれば動物の内臓のようにも見える。

 

 

毒々しいその見た目で幼い頃の記憶が呼び起こされる。

 

 

なにも知らず、美味い美味いと頬張ったあの時の記憶が。

 

 

「お前、赩飯って……いまは【夜葬】もしていないし、どんぶりさんも」

 

 

「そう。だからね、赤紫蘇を漬け込んだ出汁を混ぜ込んでるんだよ。見た目もそっくりでしょ? 今の村で血は使えないからね」

 

 

ゆゆの言葉に、鉄二は胸を撫でおろした。

 

 

ひと目見てギョッとしたが、杞憂だった。

 

 

ただの梅と紫蘇を混ぜ込んだものだと言われ、その説明を聞いてから確かに鼻腔を指す酸い匂いを感じる。

 

 

安心した鉄二が赤い握り飯をひとつ手に取り、嗅いでみると確かに説明通りの香りがする。

 

 

「そうか……おどろいたよ」

 

 

そう言って恐る恐る頬張ってみると、危惧していたような血の味はまるでしない。

 

 

梅紫蘇の効いた、美味い握り飯だ。

 

 

警戒を解いた鉄二は握り飯をひとつ、ぺろりと平らげるともうひとつ手に取って喰いついた。

 

 

「……? うぷっ!」

 

 

二、三度咀嚼したところで口いっぱいに不快な違和感を感じた鉄二は、口の中のそれを吐き出した。

 

 

真っ赤な米粒が岸辺の石に貼り付く。

 

 

「げほっ、おぇっ! ゆ、ゆゆ、お前これ……」

 

 

「あーあ……。なんで吐くの? それがいちばん食べてほしかったやつなのに」

 

 

「な、なにを入れた? いや、なんだこれは!」

 

 

鉄二が吐き出した違和感。

 

 

それは歯ごたえや口触りではない。

 

 

単純に『味』だった。

 

 

ひとつめに食べたにぎり飯は確かに梅と紫蘇の効いた味。

 

 

だがふたつめに食べたのは、鉄二の知っている味だった。

 

 

すなわち、【血の味】。

 

 

本物の赩飯の味だったのだ。

 

 

「どっちがいいか分からなかったの。さっき窪田さんと話してたでしょ? 何を話しているのかまで分からなかったけど、東京から帰ってきたてっちゃんだから村の赩飯を懐かしんでいるのか、それともそうじゃない新しい赩飯が食べたいのか。……けど、てっちゃんが食べたかったのは血じゃないほうだったんだね」

 

 

「あたりまえだ! それにこれ……なんの血だ! 動物かよ!」

 

 

「動物? 違うってばぁ。動物の血を使おうとしたら殺さなきゃいけないでしょ。赩飯はあくまで【死んだ人】のものなんだから」

 

 

「それじゃ、まさか……」

 

 

「でもそんな都合よく誰かが死んじゃったりしない。だからね、殺さないでよくて、死人がいなくてもいい血を使ったの」

 

 

鉄二はゆゆの話が見えなかった。

 

 

死人の血でも、動物の血でもない。

 

 

口の中の不快感に涙目になりながら鉄二はゆゆの言葉を待った。

 

 

ゆゆはにこにことスカートの中に自分の手を入れると、その手を鉄二に見せた。

 

 

「今ちょうど、私生理だから」

 

 

その指にはねっちょりと粘り気のある血がべっとりとついていた。

 

 

ゆゆが言っていることの意味が分かった直後、鉄二は両手で掬えるだけの川の水で口をゆすいだ。

 

 

 

-40-へつづく

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