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【夜葬】 病の章 -32-

公開日: : 最終更新日:2017/07/04 ショート連載, 夜葬 病の章



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太平洋戦争終結から三年の月日が経ち、昭和二三年。

 

 

西暦で言うなら一九四八年。

 

 

鉄二の姿は鈍振村になかった。

 

 

GHQの支配下にあった日本は、戦後の傷跡はまだ大きく残していつつも徐々に生活に活気が戻りつつあった。

 

 

帝銀事件で一二人が毒殺された事件で幕を開け、芦田内閣が誕生した。

 

 

後に昭和の大スターと謡われる美空ひばりが若干一〇歳でデビューすると、戦後を生きる人々に一縷の活力を与えていた。

 

 

そして太宰治が玉川上水で情死を遂げたニュースが世間を騒がしていた頃、一六歳になった鉄二は東京の印刷工場で働いていた。

 

 

鈍振村からこの年、東京に下りてきたのは鉄二のみ。

 

 

いや、戦後に村から下りてきたのは鉄二が最初だった。

 

 

市郎を火葬で葬った後、鈍振村でも死者の葬送には火葬を用いるのが基本となり、船坂たちの懸命な努力によって、村も次第に息を吹き返そうとしている。

 

 

如実にそれを目の当たりにしながら、鉄二は村を出るタイミングを虎視眈々とうかがっていたのだ。

 

 

「てっちゃん、本当に東京にいくつもりなの」

 

 

「ああ、いくよ」

 

 

鉄二が東京へ向かう前、鈍振村でゆゆが声をかけた。

 

 

村の大半の人間が、意識的に鉄二を避けていた。

 

 

火葬に儀式を転換し、【どんぶりさん】や【地蔵還り】を畏れなくなった村人たちは本来、それを助言した鉄二に感謝すべきだ。

 

 

だが鉄二のあからさまな村嫌いと、徹底的な厭人(えんじん)ぶりにまだ子供だと分かっていつつ、彼には近づきづらかった。

 

 

そんな中でゆゆだけは根気強く鉄二に会話を試み、鉄二もまたそんなゆゆには言葉を交わしていた。

 

 

「そんなの、寂しいし、東京は人がいっぱいいるし、米兵もいるから危ないよ」

 

 

「馬鹿か。危ないから行くんだ。こんな安全を担保にした犬の糞のような村にいるよりはマシだろう」

 

 

「なんで? 安全だし平和ならいいじゃない。だって、戦争は終わったんだよ? もうあんな思いしなくても……」

 

 

「飯に困らなくて、焼夷弾も降ってこない。兵役にもでなくて済むし、野菜と猪の肉だけ食って死ぬまで平和なままでいいじゃないか。そう言いたいのか」

 

 

「そうだよ! それのなにがダメなの?」

 

 

鉄二は舌打ちをして、ゆゆの襟首を掴むと無理矢理木陰にゆゆを押し倒した。

 

 

「やめっ……てっちゃ……」

 

 

「やめろ? なに言ってんだゆゆ。お前何回俺と寝た? 無理矢理犯されたんだぞ、お前は俺に。なのにそれからは形だけ拒み、最終的には許したろう。お前、これがどういうことなのか自分で理解してないのか」

 

 

「ちがっ……それは、だっててっちゃんが私を……」

 

 

「どんな解釈してたっていいよ。だが俺が言うことが真理だ。ゆゆ、お前もな結局……」

 

 

そう言って鉄二は押し倒したゆゆの上着を力任せに引き裂く。

 

 

たわわなゆゆの乳房が露わになり、鉄二が乱暴に揉みしだいた。

 

 

「この糞みたいに平和な村に飽き飽きしてるんだろ? だから、俺を受け入れるんだ」

 

 

「違う! やめて、てっちゃん! 私、私こんなの……」

 

 

「ここで騒がず俺を受け入れるなら村をでるのを考え直してやってもいい」

 

 

「えっ……」

 

 

思わぬ鉄二の言葉にゆゆは黙り込んだ。

 

 

そして目を閉じ、頬を赤らめると無言でうなずく。

 

 

鉄二は笑っていた。

 

 

おかしくておかしくて仕方がなかった。

 

 

結局のところ、ゆゆもこの村の人間の誰とも変わらない。

 

 

大義名分さえ用意してやれば、なんでも『村のため』『正義のため』『仲間のため』だと自分の大切なものを喜んで差し出す。

 

 

都会の人間とは全く違う人種。

 

 

それを鉄二はどう呼ぶのか知っていた。

 

 

いや、厳密に言うとそう呼んで蔑んでいたのだ。

 

 

――まったく、本当にこいつも『馬鹿』だな。

 

 

ゆゆを犯せば犯すほど、この純粋培養された村の象徴のような体に毒を注入しているようで鉄二は気分が良かった。

 

 

町にでれば、そのほとんどが自分と同じような価値観を持っている。そう信じて疑わなかった。

 

 

それはすなわち、都会こそが自分の居場所。

 

 

そこでしか自分は生きられない。それは憧れというより、鉄二にとっては脅迫にも近いものだった。

 

 

「てっちゃん、私てっちゃんとだったら結婚してもいいと思ってるんだ。だから、てっちゃん、鈍振村で私と一緒に……」

 

 

放心状態で横たわるゆゆの腹に痰を吐きかけ、鉄二はその足で山を下った。

 

 

 

山を下り、東京で生活を始めた鉄二は果たして自らの思い通りのものを手に入れたか。

 

 

その疑問には首を傾げざるを得なかった。

 

 

最初の年こそがむしゃらに働き、落ち着いてものを考える時間すら許されなかった。

 

 

だが二年目に差し掛かると、慣れと飽きから次第に仕事から遠のき、時を同じくして悪い仲間が増える。

 

 

鉄二が理想としていた『退屈な生活』こそなかったが、そこが本当に鉄二の求めていた場所ではなかった。

 

 

この時代、薬物や危険物などの取引に厳重な規制がなく、元々娯楽が少なかった戦後の日本ではそう言った危険なものが流行った。

 

 

戦争で命を落とす心配がなくなった代わりに、発展と復興に全力を捧げる国策と共に国民はとにかく働いた。

 

 

それこそ時間の概念などないように。

 

 

そんな中で流行った薬物に鉄二が手をださないはずはなかった。

 

 

村を出て三年に差し掛かろうとしていた。

 

 

東京の町に、ゆゆや鈍振村の者たちが知る鉄二はすでにいない。

 

 

 

-33-へつづく

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