【夜葬】 病の章 -21-
その日の晩、美郷がいなくなったことなど知りもしない鉄二は夢を見た。
それは、暗闇の森の中で彷徨う美郷の夢だった。
夢の中で鉄二は透き通った存在で、歩を進めても草や虫も踏まず、風すらも身を通り過ぎている感覚が不思議に思った。
目の前、……二馬身ほど離れた先で蠢く影。
ここからではそれが美郷だと判別するのは不可能なはずだったが、鉄二には何故かそれが美郷だと分かった。
透き通った存在の鉄二が近づくと、やはり美郷は彼の存在を認めることもなくふらふらと歩いている。
通りの木々に寄りかからなければうまく歩けなさそうな美郷の姿は、鉄二の目から見ても痛々しい。
「次……右ね。その次は、まっすぐ……」
美郷は誰もいない森の中でぶつぶつと呟いている。
言っていることは分かるが、意味が分からない。
どこか目的があってそこに向かって進んでいるのか。
しかし、森は微かな月の光以外は漆黒の闇そのもの。
こんな中で磁石も持たず、確かな方向感覚など持てるだろうか。
当然、鉄二自身もそれと似た疑問は抱いた。
だがそれよりも美郷から発せられる悲しみとも憎しみともとれる念に戸惑いを隠せなかった。
「【夜葬】……【夜葬】を……」
歩き続ける美郷と、無言でただついていくだけの鉄二。
やがて2人は森を抜けた。
眼前に広がる農地の先に、小さな灯り。生活の温み。
「そこに……いる、の……ね……? 今から……行く」
森を抜け、寄りかかるものを失くした美郷はよろつきながら歩きだした。
すぐに体勢を崩し転んだものの、さながら幽霊のようにゆらりと立ち上がってはまた歩き出す。
透明の鉄二はそこからはもう、美郷の後ろをついていかなかった。
月の薄い光に照らされた、頭の穴から血を流し、虚ろな瞳の美郷。
その顔がもはや自分の見知った顔ではないという恐ろしさに怖じ気づいたのだ。
近づいてゆく家の灯り。
外敵に警戒し、威嚇する犬の鳴き声が美郷に浴びせられる。
だがそんな犬の興奮しきった鳴き声にも全く反応もせず、美郷はよろめきながら灯りに近づいて行った。
鉄二はただ、それを見ていた。
「黒川! おい黒川、起きろ!」
鉄二の夢は、激しく玄関の戸を叩く音で乱暴に終わらされた。
上半身を起こし、まだ睡魔の居座る眼(まなこ)を擦りながら土間へと駆けてゆく父の背中をぼんやりと見ていた。
「わかったわかった! 今開けるから待て! ……なんだ船坂か。こんな夜中になんだ」
「船家んとこの夫婦がやられた」
「船家って……やられたってなんだ」
「殺されたんだよ!」
「こ、殺された? なんだ、冗談にしては奇抜だな」
「誰が冗談を言うか! いいか、しかもこれは【地蔵還り】だ。いいからとにかくひとりになるな。鉄二を連れて俺たちについてこい」
そういう船坂の後ろには吉蔵もいた。
状況が呑み込めず元は「【地蔵還り】とはなんだ」と訊ねるが、船坂はそれどころじゃない、と答えない。
答えてくれない、のではなく本当に切迫した状況だからそんな余裕はない、といったっ様子だった。
「鉄二、行くぞ。起きろ」
「父ちゃん……どこに行くの」
「さあな。多分、船頭さんの屋敷だろう」
元の言葉に玄関から船坂が「ゆゆもいるぞ。他の子供たちもだ」と言った。
「みんないるの? じゃあ行く」
友達の名前を聞き、起き抜けでぼぉっとしていた鉄二は、軽やかに体を翻して土間へと駆けた。
「いいか。絶対にひとりにはなるな。【地蔵還り】に遭うぞ」
「ゆゆのおっちゃん、『じぞうがえり』ってなに?」
「ああ……そうだな、分かりやすく言えば【オバケ】だ。それもめちゃくちゃ怖いオバケでな。それは一人でいる奴を見つけて殺しに来る」
「オ、オバケ!」
途端に鉄二は内股になり、元のシャツの裾を掴んで震えた。
「脅かすな、船坂。うちの坊主はそういうのに弱いんだ」
「脅かしちゃいない。本当だ。この村じゃ大人だって【地蔵還り】が出たって聞けば震えて家から出ない。……まぁ、俺だって【地蔵還り】が出たってのは初めてだからな、正直言えば金玉縮み上がりそうに怖い」
「そんな大げさな」
「お前たち町の人間は信じないだろうな。俺たちは子供の頃から「夜は絶対に独りで出歩くな」って言われて育った。刷り込まれてるのさ。とにかく、【地蔵還り】に遭わないようにひとりになっちゃいけねえ。それが風呂や厠でもだ」
真剣に語る船坂の表情に元は何も言えなかった。
最初はからかっているのかとも思ったが、極端に夜出歩かないこの村の人間がこんな深夜にやってきたのだ。
すべてを信じられないにせよ、従うよりほかの選択肢はない。
「船家のじいさんとばあさんがやられたって言っていたが……美郷と副嗣は?」
「さあな。でも状況的に見て、無関係じゃないだろうな。美郷か副嗣のどっちかが【地蔵還り】だと思うぜ」
「どっちかがって、どういうことだそりゃあ」
その問に船坂は答えはしなかった。
無言の中に「それ以上の話は屋敷についてからだ」という空気を感じ取った元は、黙って引いた鉄二の手に力を入れた。
-22-へつづく(2017/4/11更新予定)
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