【夜葬】 病の章 -46-
ゆゆが昼間、「手伝ってね」と言った意味を夕刻も迫る橙の空の下で鉄二は知ることとなった。
「お前……これって!」
ずだ袋を頭に被され、草むらに横たわる人間。
顔を見ずともその恰好で誰だかわかった。
「おっちゃん……船坂の」
「ふふ、懐かしいでしょ? てっちゃん、お父さんのこと」
鉄二はその言葉にハッと息を呑んだ。
――そうだった。ゆゆは俺がおっちゃんと会ったこと……知らないんだ。
しかし、本当に知らないのか。鉄二は不安になった。
というのも鉄二は昨日の晩、ゆゆの家に忍び込んでいるのだ。それも、敬介を殺すために。
鉄二がなぜ敬介を殺そうとしたのかは船坂の言葉がそもそものきっかけだ。
船坂がここにあるということは、こうなる前に船坂は鉄二のことを言っているかもしれない。
鉄二はゆゆの横顔を盗み見る。
ゆゆの表情からはどうなのかが読み取れなかった。
「どうしたんだよ……おっちゃん。なんでこんなところに寝て」
「死んでるの」
鉄二の言葉にかぶせるようにしてゆゆは言い切った。
あまりに潔い告白に鉄二は面食らった。
「死んでるって……そんな冗談だろ。それに、仮にそうだとしてなんだっておっちゃんが」
「わたしが殺したんだよ。てっちゃんに変なこと吹き込むから」
足の先から血が一斉に放出されたような、貧血を伴いそうな悪寒。
やはりゆゆは知っていた。
鉄二が敬介を殺そうとしていたことを。
「だけどほら、見て。お父さん死んじゃったから、もう大丈夫だよ」
「だ、大丈夫ってなにが……」
「お父さんはね、ずっと【夜葬】をやらなくなったから村に異変が起きたって言ってた。おかしいよね。もうこの村では【夜葬】にこだわっている人なんて誰もいないのに」
ゆゆはクスクスと笑いながら横たわる船坂の屍に近づいた。
「で、でも……敬介は……」
「うん。わかってるよ、てっちゃん。てっちゃんは結局敬介を殺せなかった。お父さんだもんね、わたし安心しちゃった。『あんな状態』でもちゃんと思いとどまってくれたんだなって」
「あんな状態……って、お前! 見てたのか!」
鉄二自身もおぼろげな昨晩の出来事。
あまり覚えていないとはいえ、敬介を殺そうとゆゆの家に行ったことくらいは憶えている。そして、あまり覚えていないほど酩酊状態だったということも。
「見てたよー。ずっと、ずっと見てた。てっちゃんがどうするのかなーって」
「お、お前それでもし俺が敬介を……」
「殺してたら? うーん……そうだね……」
そこまで言ってゆゆは急に口元に笑みを浮かべて鉄二に向いた。
「『替わり』の子供、作ってもらうかな」
「く、狂ってんのかお前! 自分がなに言ってんのかわかって――」
鉄二が喋っている最中なのにゆゆは、船坂の頭からずだ袋を取った。
「うわああ!」
鉄二の叫び声に、木の枝で休んでいた鳥たちが驚いて一斉に空へと散らばった。
「静かにして、てっちゃん」
なんの抑揚もない、棒読みに近い声音でゆゆは鉄二を制した。
だがゆゆが注意をしなくとも鉄二はそこから声がでず、ただ足を震わせていた。
「ゆゆ……おまえ、ほじくったのか……おっちゃんの顔を!」
ずだ袋を外された船坂の顔は、丸くくり抜かれていた。歪な穴の形が慣れていない者によるものだと謡っている。
「だって、お父さん【夜葬】を復活させて欲しいって言うから。じゃあ、せめて『自分の時くらい』は、ね」
口元に浮かべた笑みをさらに口角を上げ、満面の笑顔になった。
無邪気でなんの悪意もない、純粋な……まさに鉄二の知る昔のままのゆゆだった。
「ち、違う! 俺はおっちゃんを【どんぶりさん】にしたことを言ってるんじゃない! なんで、なんで殺したんだ!」
「理由は言ったじゃない」
「け、けどそんなことで……」
「そんなこと? ねぇ、てっちゃん。そんなことなの? わたしの子供を殺させようとしたことを、そんなことって」
笑顔のままゆゆは声音も変えず、鉄二を真っすぐにみつめている。
鉄二はその瞳に魂まで吸い取られてしまうのではとあとずさった。
「昔からやってる【夜葬】も、【どんぶりさん】も今更驚くことじゃない。新しく来た人の前でやるとね、大騒ぎになっちゃうから」
「う、ううう……」
「それに新しい人を受け入れないと、子供も増えないしさ……」
「お、おっちゃんの顔は……」
ゆゆは鉄二の問いに、ああ、と手を叩いた。
そして、手ぬぐいに包んだそれを解く。
丸くくり抜かれた船坂の顔があった――。
「あはは、ごめんねお父さん。わたし、【どんぶりさん】作るのはじめてだったから、目玉潰しちゃって」
笑いながらゆゆが言った通り、手ぬぐいに乗った船坂の片目がでろでろのゼラチン質の液体をはみだして潰れている。
鉄二はそれを見て思わず口元を押さえた。
「安心して、てっちゃん。昨日の夜、【どんぶりさん】はわたしが起き上がらないよう見ておいたからさ。今からこれを埋めて、『お父さん』を返しに行こう。ふふ、ふたりっきりで【夜葬】なんて、なんだかうれしいな」
鉄二は今朝起きた時に畳に刺さっていた『ノミ』を思いだした。
あの時はそれほど気にはならなかったが、今ならばはっきりとなぜあそこにあったのかわかる。
あの『ノミ』でゆゆは船坂の顔をくり抜いたのだ。
「わ、わかった……わかったよ! けど、家に敬介を置いたままで大丈夫なのか。まだ赤ん坊なんだろ」
どうにかしてこの状況から逃げだそうと鉄二はゆゆに言った。
家に置いてきた敬介の話をすれば気を逸らすことができると思ったのだ。
「ああ、敬介? あの子は大丈夫だよ」
「大丈夫って、なにがだよ。今頃泣いてるかもしれないし、あんまり放っておいたら死んじまうかもしれないだろ」
鉄二の言葉にゆゆはおもむろに向き直ると、船坂の顔を再び包みながら見つめた。
瞳の色はまた少し変化している。
魂を吸われそうなそれから、今度は狂気を孕んだ濁った光を見たのだ。
「敬介はもう死んでるよ」
「は? お前さすがにそれは……」
「わかんないの? あの子が生まれて6年経ってるの。でも赤ん坊」
鉄二はどこかで敬介が6歳であるという情報は誤りであると思いたかった。
実際に敬介を目の当たりにして、そんなことはあり得ないと実感したからだ。
だがゆゆは今、はっきりと鉄二に断言した。
狼狽え、言葉を失っている鉄二に向けて濁った眼のゆゆは付け加える。
「信じられない? でも、こう言ったらどうかな。あの子はね、【地蔵還り】なんだよ」
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