ホラー小説 / 食べる その2
■食べる その2
(その1はこちら)
「今日はみなさん、陽太のために来てくださってありがとう……」
遠目から見ても分かるほどヨータの奥さんは腫らした目で、なんとか気力を振り絞っているのか気丈に挨拶をする。
次になにか話しているが俺はこんな時だというのに上の空だ。
その理由は……さっきの喫煙所でのまさや達との会話のこと。
『うちのじいちゃんの時は鍋だった』
『最近は蒸すところもあるらしい』
一体あいつらはなんのことを言っていたんだ?
もしかして本気で死んだ人間を食べる……なんてこと言ってんじゃないよな?
「純さんもありがとう」
先ほどのことをぐるぐると頭の中でこねていると、不意に奥さんから話しかけられた。
「あ、いえ……そんな、全然」
慌ててなにか言い訳をしようとするが、何も浮かばず薄い返事をしてしまった。
……なにやってんだよ俺は。
「陽太、よく純さんのことも話していたんですよ」
「俺のこと……ですか?」
「ええ、いつもあいつが俺のブレーキになってくれてたって……。学生の頃はよく陽太の暴走を止めてくれてたんですよね」
「いや、そんな……俺は」
陽太が俺のことをそんな風に思ってくれていたなんて。
「こうなるって分かってたら……無理にでも会わせてあげたんですけどね……うぅ」
「いえ、俺も同じですから……本当はちょっとくらい会える時間作れたのに……忙しさを理由にして」
「ううん。陽太が悪いの……」
奥さんはすっかり枯れ果てたと思われた涙を、またどくどくと溢れさせて嗚咽を漏らした。
そうだよ。なんだってこんな時にそんな非常識なこと考えてんだ。
さっきのことだってきっと俺がなにかと誤解して聞いてたに違いない。
「美香ちゃん、陽太をさばこうか」
奥からヨータのおばさんが奥さんの名前を呼んだ。
■ヨータをさばく
「ヨータを……さばく……?」
「おい、純……行くぞ」
「え? ど、どこに」
「ヨータの姿を目に焼き付けておくんだよ」
まさやが俺の背中を押して奥の部屋へと進む。
後ろからケンと直樹もついてきている。
「いいんですか? 俺達もさばくところにいて」
俺の背中を押しながらまさやがおばさんと奥さんに向かって申し訳なさそうに尋ねた。
「何言ってるのよ! 貴方達は陽太の大事な友達でしょう? みんな手伝って」
おばさんが笑って言った。辛いのに無理をしているようだが俺の目の前に映った光景は異様そのものだった。
会場の中に厨房のような場所があり、ステンレスの調理台には裸のヨータの遺体が横たわっている。
「え……え? なんだこれ? どうすんだそれ」
おばさんの手元には包丁が置かれており、大きなボウルや水切り、ハンマー……そういった調理器具が並んでいた。
「そうですか……。じゃあ、お言葉に甘えてお手伝いさせていただきます」
まさやが答え、直樹とケンがそれぞれ一例をして調理台を囲む。
「おい、純。なにやってんだ早くお前もこいよ」
ケンがじれったそうに俺に言うが、なにをするのかが理解出来ていない俺はただ目を見開いて首を横に振るしかできなかった。
「いいよ、そっとしておいてやれ。落ち着いたら参加してくるよ。な? 純」
これから目の前で起こることを予想している自分と、その予想が裏切られることを必死で信じようとしている自分がいた。
「ま、まさか……本当にヨータを食うのか」
「こら、純くん。喰うなんて言っちゃ駄目よ。ちゃんとここでは『食べる』といいなさい」
全身から冷たい汗が噴き出す。
この汗は毛穴から噴き出すとすぐに粉になり足元に零れ落ち、足を鳴らす度にじゃりじゃりと言うのではないだろうか。
現実逃避からか俺はなぜかそんなことを必死で考えていた。
「まさやくんは右腕をお願いね。ケンちゃんは右足、直樹くんはもう片方の足でわたしはお腹を開くわ、おみそは美香ちゃん……お願いできる?」
奥さんは泣きながら頷きハンマーを手に持ち、自分の手元へ置いた。
「や、やめろ……」
確かにそう言ったはずの俺の口は言葉を発することは無く、ただパクパクと水槽を泳ぐ金魚のようになっていた。
最初の一刀はおばさんが入れた。ヨータの臍にブスリと刃を上にして深く包丁を差し込み、裂くようにみぞおちに向かって真っすぐに刃を走らせた。
赤黒い血が綺麗に走った筋からじわりと滲み出た。
おばさんは更に包丁の刃を肋骨と肋骨の間を走らせのど元まで切り込みを入れると、ヨータの胸を両手で持ち、バキバキと音を立てて胸を開いた。
「綺麗な中身だねぇ。陽太はよっぽど美香ちゃんに愛されてたんだね。こんなに健康なのに勿体ないねぇ」
おばさんが開いたヨータの腹からプルプルとしたなにかを取り出し、それをまさやや直樹たちに見せた。
「綺麗な肝臓すね」
「こんな事故じゃなけりゃ確実に俺よりも長生きしてたな」
カチャカチャと音を立てヨータが俺の目の前で家族と友人にバラバラに解体されてゆく。
肉や臓物は次々とボウルに放り込まれてゆく……
■マナー違反
「純、お前もう解体の手伝いはいいからヨータを洗ってきてやれ」
まさやがそう言ったのを聞き、振り向くとそこにはボウルに入った【ヨータ】がいた。
「う、うぷっ……!」
こみ上げる物を抑えきれず俺は厨房のシンクに嘔吐してしまった。
「うぇええっっ……! おぇえ!」
胃の中のものを全て出した俺は、妙に静かなのに気付いた。
ゆっくりと振り返ると無表情でこちらを見詰めるみんなの顔があった。
「……ヨータを食べるって……そんな……バラバラにして……こんなの、許されるはず……」
「純ちゃん、やってはいけないことがあるでしょう」
おばさんは無表情のままで俺に言い放った。
「お前、どういうつもりだ。こんな神聖な場所で吐くなんて……。お前はヨータが友達じゃなかったのかよ」
まさや。
「友達さ! 大事な友達だったよ! だからお前らの方がおかしいだろ! なんで食うんだよ! わけわかんねぇ!」
無表情の連中は互いの顔を見合わせてもう一度俺を見た。
「もしかして純ちゃん、病気じゃないの……」
おばさんが心配そうに言った。
「そうだよ。こいつは病気だ。そうじゃないとヨータの解体でこんなことするわけないし、そんな奴じゃない」
まさやの言葉に場に居た誰もがうなずいた。
「純、じゃあすぐに病院に行こう……。大丈夫、すぐ治るさ」
ヨータの血で真っ赤にした手を差し出し、まさやは笑った。
ガチガチガチとなんども上歯と下歯がぶつかる。俺は震えていた。
「や、やめろ……俺に触るな」
「大丈夫だ。すべてうまくいく」
赤い手……赤い手。
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