ホラー小説 / 食べる
■いつもと違う朝
その朝はとても気だるくて、気持ちが悪かった。
久しぶりの飲み会に少々ハメを外し過ぎたか……。
折角の休日なのに目覚めの気分は最悪で、その日一日を暗示しているようで俺は不快になった。
「あ、おはよう。昨夜遅かったね。調子のって飲み過ぎたんでしょ? もう若くないんだから自覚したらー」
妻が洗濯物を山ほどカゴに入れまだ目が半開きの俺をからかった。
「なにを~! まだまだその辺のガキになんて負け……おえ」
「ちょっとシーツの上で吐かないでよ! 後が大変なんだから」
「吐くわけないだろ……うぷ」
「ちょっと!」
冷たい水でシャキッとしなくては、と思い洗面所へと行く。
気持ちの悪さの割には足取りはそれほど重くは無かった。
そのアンバランスな体調に首を傾げつつ、冷たい水道水で顔を洗った。
鏡の横に置かれた綺麗に畳まれているフェイスタオルを一枚取り、顔を拭く。
それを肩にかけてリビングにゆくと、7歳になる息子しんやがテレビのアニメを見ながらソファの上で色々とポーズを取っている。
「お、かっこいいな。それなんのポーズだ?」
しんやは俺を向くと
「パパ、今から悪者な! いっくぞー!」
とパンチキックの猛打を俺に浴びせてきた。
「がーっはっはっ! しんやマン、今日こそお前を倒すのだぁー」
妻はそんな俺達をみて溜息を吐きながらも呆れたように笑った。
そんな、ちょっと飲み過ぎて気持ちの悪いだけの、いつもと変わらない週末。
リビングのプラグで充電していた携帯電話が鳴った。
それを一時休戦の合図として俺は画面を確認する。
■旧友の訃報
「ん? まさやか……珍しい」
まさやとは高校の同級生だ。
昔、よく悪さも遊びもした仲間の内ひとりだ。
「おう、まさや。久しぶり、どうした」
「ああ、純……悪い知らせだ」
まさやは俺の名……純と呼び、重々しく用件を言うのを渋った。
この歳になれば下の名で呼ばれることなどすっかりなくなったので、
たまに昔の悪友に舌の名前を呼ばれるとそれだけで楽しかったあの頃に戻った気がしたもんだ。
だけども今日のまさやは、そんな俺をそんな気持ちにさせない重々しさを受話器の向こうから放っていた。
「なんだよ……なんかあったのか?」
しんやが足元で俺の膝におもちゃの剣でバシバシと攻撃している。
少しの間を溜め、まさやは言った。
「ヨータが死んだ。足場から落ちたって……」
「は? 死んだ!? ヨータが? ……またまたあ~……」
「……」
「嘘だろ……?」
■久しぶりの再会……
ヨータは誰よりも陽気で、よく喋る男だった。
俺達の中でも一番早くに結婚したのもヨータだった。
子供は3人、一番下の娘はうちのしんやと同い年だ。
もうしばらく会っていなかったけど、まさかこんな形で昔の友達と再会するとは思っても見なかった。
「最期にヨータに会ったの、いつ」
まさやは2か月前だと答え、同じように仲が良かった他の2人……ケンと直樹も数か月会っていないと言っていた。
“知らせがないのは元気な証拠”とは言ったもんだ。
なにも実践するつもりだったわけじゃないけど、俺達は自然にそう思っていた。
ガキの頃じゃあるまいし、お互い知らせがないのが元気である知らせ……。
そう思っていた。
それだけに俺達は全員、もっとヨータに会っておけば良かったと悔やんだ。
ヨータが死ぬって分かっていたら……。
焼香を済ませ、まさやのお母さんとお父さんに挨拶をする。
老けたけど昔からなにも変わってないな。
まさやのオヤジさんはすごくおっかない人だった。
いつか俺達が万引きで補導された時、大声で怒鳴り散らしながらみんな殴られた。
酒の席なら、これも笑い話のネタの一つになっていたはずだし、今までだってそうしてきた。
だけど、これからはこの話で馬鹿笑いできる自信がない。
そう思わせるほどオヤジさんは寂しそうで、悲しい顔をしていた。
俺も人の親だから分かる……。
「おじさん……」
「おお、純か。ようきてくれたなぁ……ヨータの馬鹿、こんな集め方しかせんで悪いなぁ……」
俺は「いえ」とだけ答え、隣のおばさんにもお辞儀し、式場の前の喫煙所に集まった。
■喫煙所にて
「ヨータが死んじまうなんてなぁ」
「殺しても死なない奴だって思ってたのになぁ」
俺を含めた4人はそれぞれたばこの煙をくゆらせながら空を見上げた。
みな一様に思い出すのは当然、生前の……自分たちの知っているヨータの姿だった。
「そういやヨータはタバコ吸わなかったもんなぁ。俺らン中でも一番の健康優良児って感じ」
「……そうだな」
葬式の会場は今ではすっかり主流になった葬式専用の会場。3階建てで、それぞれの階で違う人間の葬式が営まれている。
「それにしてもヨータの嫁さん……すごかったな」
「ああ」
誰もがたばこの煙を吐き、自分の吐いた煙が宙に溶けて消えてしまう過程を眺め、さきほどの光景を思い出していた。
「ああああああっっ!」
ヨータの遺体の側で参列した客に挨拶をしていたヨータの奥さんが、急に叫びだし泣き崩れたのだ。
「陽太! 陽太ぁ!」
ヨータの名前を叫び、半狂乱で地面に拳を何度も叩きつけた。
周りの参列客……、直樹やまさやも含めた人達がそんな彼女を必死で引き留め、俺はヨータの息子浩太にその光景を直視させまいと掌で目を覆い、その場から離れさせた。
「陽太―! そんな……あんたを食べたくなんてない!」
取り乱した彼女が言った言葉は、狂気じみていて恐ろしい気持ちになった。
■食べる?
「それにしてもあの奥さんのさ……『あんたを食べたくない』って……」
俺がやんわりとあの時の言葉を話題に上げると、直樹がそれに乗っかってきた。
「ああ、そうだな。俺も複雑な気持ちだよ。これからヨータを食うって考えると」
「……は?」
直樹はこの場を少し柔らかくしようとしてくれたのか冗談を言った。
しかし、その内容は笑いにするにはこの場に於いて些か不謹慎ではないかとつい苛立ちが現れてしまった。
直樹は、学生の頃はスタイルもよく彫りの深い顔立ちで女子からはよくモテた。
だけども今はすっかりその面影もなく、腹もだらしなく出て頭と額の境界もどんどん後退している。
当時から冗談ばかり言っているような奴だったから切れるほどじゃなかったが……。
「だよな。俺もさぁ、こないだ嫁さんのお父さんが亡くなってさ。食ったばっかりなんだよ」
次にケンが言う。
……なんの話をしている?
食う? なにを?
「ちょっと待てよ、これから焼くんだろ?」
話が見えなくなってきたので思わず俺は尋ねた。普通ならこの後火葬場でヨータの遺体を焼くはずだ。
それなのに、食うってなんだ?
漫才のつもりか?
「ああ、そうだな。焼くのが一般的だからな……」
まさやが答える。
……ほらみろ、やっぱりそうじゃないか。
あたりまえのことなのに、俺は何故か心から安心してしまった。
一瞬、どこか異世界にでも迷い込んでしまったのではないかと思ったからだ。
「いや、でも最近は蒸すところもあるらしいぞ」
「俺、じいちゃんの時は鍋だったからな」
……!?!?!?!
「な、なに言ってんだ……お前ら」
「ん? なにって、なにが?」
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