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【夜葬】 病の章 -36-

公開日: : 最終更新日:2017/08/08 ショート連載, 夜葬 病の章



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もう二度と帰ることもあるまい。

 

 

そう思っていた鉄二の目の前にあるのは、在りし日と同じく生活の息遣いを感じさせる村の姿だった。

 

 

鈍振村に戻ってくるまでの道のりは厳しく、六年ぶりにやってきた鉄二には骨が折れた。

 

 

「懐かしいなぁ、なにもかもがよ」

 

 

つい口走り、家々から昇る薪の煙を見つめていた。

 

 

都会に憧れ、都会に住み、都会で挫折した。

 

 

この村のことがなによりも嫌いだったはずの鉄二の中で、都会に対しても同じくらいの嫌悪を感じるようになっていた。

 

 

この先に足を踏み入れてもいいものか。

 

 

鉄二は眼前にある村の入口で、思わず躊躇った。

 

 

自分はこの村を捨てた。

 

 

それなのにこうしておめおめと戻ってきたのだ。

 

 

だが鉄二は村の人間からの目よりも、ゆゆのことが気になっていた。

 

 

ゆゆを好きに抱くだけ抱いて、期待を持たせておいて逃げたのだ。

 

 

そんなゆゆが自分を受け入れてくれるのか。

 

 

薬や酒からの依存から逃れた鉄二に今あるのは、そういった不安だけだった。

 

 

ある意味で、本来の鉄二であると言っていい。

 

 

鉄二は背後を振り返った。

 

 

空は飴を溶かしたように鮮やかで鈍い橙色をしている。

 

 

引き返すにしても、もはや手遅れだ。

 

 

もしもここまで来た山道を引き返すと完全に闇となる。

 

 

闇の中でいるのは野獣ばかり。

 

 

そして鈍振村ならば野獣ではない【何か】の存在だって疑わなければならない。

 

 

闇には、恐怖しかなかった。

 

 

「肚を括るしかないのか」

 

 

分かっていたはずのことをわざわざ声をだして言った。

 

 

自分自身で確かめるためでもあった。

 

 

後戻りなどもうできないということを。

 

 

「――あれ?」

 

 

自分自身との葛藤で二の足を踏めない鉄二の耳に、遠くから祭囃子が聞こえてきた。

 

 

目を閉じて耳を澄ませてみると、確かに聞こえる。

 

 

鉄二は村に近づきながらその音の方に目を凝らした。

 

 

やんや、やんや、と大人たちが入れる合の手。

 

 

祭り音頭がにぎやかに聞こえてくる。

 

 

それは村の中心にある些か不釣り合いな建物の付近から聞こえてきた。

 

 

「あれはなんだ。あんなもん、俺がいたころにはなかっただろうに」

 

 

遠目から見ただけでは分からなかったが、鈍振村は鉄二が留守にしていた六年間で大きく様変わりをしていた。

 

 

懐かしいと思っていた家屋は、そのままのものも当然あるにはあるが半数以上が新しく立て直されたものだった。

 

 

船頭の屋敷はなく、その場所には公民館が建ってある。

 

 

「あれは……学校か!」

 

 

賑やかな音が鳴っている比較的大きな建物とは、学校だった。

 

 

戦後、学校教育は尋常小学校の初等科と高等科が二分され、それぞれ小学校、中学校となった。

 

 

鈍振村にもそういった世の中の流れが入ってきているのかと、鉄二は我が目を疑いつつも驚いた。

 

 

鉄二がいたころの鈍振村にも、一応は【学校】と銘打ったものはあったがこのような立派なものではない。

 

 

寺小屋に毛の生えた程度のものだ。

 

 

それがどうだろう。鉄二の目の前にあるそれは、二階建て角ばった建物に小さいながらもしっかりとした運動場があった。

 

 

鉄二が都会で見た学校の大きさに比べれば雲泥の差があるほど小さな校舎だが、この村には充分すぎるほどのものだった。

 

 

「おい、お前。誰だ」

 

 

不意にかけられた声に鉄二は思わず肩が鳴った。

 

 

あれだけ二の足を踏むことを躊躇っていたはずの鉄二は、変わり映えた村の在り様を前に、いつのまにか村に入っていたのだ。

 

 

そして、かけられた声に振り向くとそこには舟尾道夫がいた。

 

 

鉄二が子供の頃、ゆゆと共によく遊んだ仲の男だ。

 

 

道夫は無精ひげに鉢巻きをし、赤い法被を羽織って鉄二と目が合った途端、眉をひそめる。

 

 

「道夫……」

 

 

「ん、お前……お前! 鉄二か? 鉄二かよ!」

 

 

不審者を訝しる顔をしていた道夫の表情がその瞬間、パァッと明るくなった。

 

 

嬉々とした満面の笑みで鉄二の背を叩きながら歓迎の声をあげる。

 

 

「い、いや……俺は」

 

 

「帰ってきたか! おお、鉄二ぃ! お前はいつかきっと帰ってきてくれるって思ってたぞ!」

 

 

「そ、そうか。ところで道夫……なんなんだその恰好は」

 

 

「なに? なにってお前、そんなことも忘れちまったのかよ! 福祭りだよ、福祭り!」

 

 

「福祭り……」

 

 

懐かしい響きだった。

 

 

鉄二はすぐにその名前の意味を思い出すことができなかったが、聞こえてくる祭囃子と夜に外にでない習性をもつ村人である道夫とこの時間に会ったことで、が唯一外にでることを許されていた特別な日があったことを思い出した。

 

 

「ああっ、福祭りか!」

 

 

「そうだよ! なんだそのために帰ってきたんじゃないのか」

 

 

「あ、ああ、そうだな。いや、そうかも……」

 

 

咄嗟になんと答えるべきか迷った鉄二は、あやふやな返事をするが道夫はそんなことには構わず、鉄二の肩を抱くとずかずかと歩き出した。

 

 

「ちょっと待ってくれ、どこに行くんだ」

 

 

「決まってらぁ、そりゃ祭りに行くんだよ。諸々の話はあるんだろうが、せっかくなんだから今は祭りを楽しめ」

 

 

運動場に設置された櫓とそれを円になって囲む村人たち。

 

 

音頭に合わせて軽妙に踊り、手拍子を打ちながらそれを眺めている村人たちの姿。

 

 

鉄二が最後にいた時のような殺伐として、人の少ない村はすでになかった。

 

 

そこには、鉄二が知っている昔の穏やかな鈍振村があった。

 

 

「すっかり、元に戻ったんだなぁ」

 

 

「おうさ。けど、前よりももっと盛り上げていかんとなぁ! おっ、鉄二。あそこにゆゆがいるぞ、お前が帰ってるって知ったらあいつも喜ぶ」

 

 

ゆゆ、という名前を耳にし、鉄二は焦った。

 

 

「いや、いいって! 道夫……」

 

 

「ゆゆー! こっちだこっち! 鉄二がいるぞ!」

 

 

浴衣姿の女性――ゆゆは道夫の声に気付き、こちらを振り向いた。

 

 

道夫の顔を認め、その後でとなりにいる鉄二に気付いた時、驚いたような表情をしたすぐあとに複雑な眼差しを向けた。

 

 

 

 

 

-37-へつづく

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