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【連載】めろん。82






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・〇〇〇 〇歳 ①




 そのことを知ったのは、大学の合格を決めてすこししたころだった。




「鬼子村……?」




「言っておくが調べても無駄だぞ。正式な名はない。それは俗称だ」




 私を書斎に呼んだ父親は玉露で割ったウイスキーを片手にそのように話した。真面目一辺倒だった私はその頃酒など飲んだことはなかったが、それが変わった飲み方であるということくらいは知っていた。




 歳を取ってからウイスキーの玉露割を飲んでみたが、私にはよくわからないままだった。




「正式な名前はない……って、そんなことがあり得るんですか」




「現にある。山の連中は自分たちの一族が呪われているということをわかっていたんだろうな。だから名前をつけなかった」




「しかし所在地として不便でしょう。届け出もできない」




「地図に載ってない。登記も存在していない。あそこはなかったことになっている」




 そんなバカな、と返事をしたが父親は反応しなかった。ただ玉露割の入った湯呑を片手で揺らしているだけだ。冗談を言っているようには見えなかった。




「それで……その、鬼子村ですが、現在は存在しないのですよね」




 父は黙ってうなずく。そのあと、大きく深いため息を吐いた。




「そうだ。もう二十年は経つか」




 父が話した鬼子村。正直なところ、聞いたあとも半信半疑だった。本当にそんな狂った村があったのだろうか。




 山間の集落ではいまだに土着信仰に基づいた理解に苦しむような因習がある。それは重々承知だが、子が親を、親が子の肉を食べる疾患がある村などあろうはずがない。




 父ははっきりとそれを因習や風習ではないと否定した。精神疾患が一番近いが、そういうものではなく暗示や催眠のようなものだと話した。




「あまりこんな言葉を使いたくないが、呪いや祟り……そういうものがもっともしっくりくる表現だな」




「お父さん、それはあまりにも非現実的ではないでしょうか」




 父は私を睨みつけるとすぐに目を逸らした。




「同意見だ。私もそんなものは信じていない。呪いだの祟りだの、バカバカしい」




 だがな、と付け加えて父は鬼子村だけは別だ、と言葉を閉じた。




「……なぜですか。お父さんらしくない」




「なんだと?」




 表情を険しくした父が立ち上がった。その剣幕につい怖気づく。




「すみません」




 父は厳しいひとだった。息子の私には一切の口答えは許さない。気に入らなければ鉄拳制裁も厭わない。武道の心得もあり、大きな失態をおかした際には道場でひたすら投げられ、受け身を取らされた。




 私は父が怖ろしかった。だが同じくらいに尊敬もしていた。




 父は元官僚、このあたりの有力者でもある。現役を退いた今でも相談役や顧問として様々な企業や団体に必要とされている。




 引退するにはいささか若すぎる年齢だが、それだけの働きをしたと父はよく言った。決まって玉露のウイスキーを飲んでいる時だった。




 父は一代で今の地位を築いた誇りを持ち、そのため極度の現実主義者でもあった。目に見えないものは信用せず、人と人のつながりですら常に疑っている。それは多分に私の教育にも生かされ、親友と呼べる人間はこの歳になってひとりもいない。




 すべては成果主義。結果を出して、利益をとる。それが支持者の信用につながるのだ。父は自らをもってして、体でそれを教えた。




 そんな父だったから、鬼子村の話をしたことに驚きを隠せなかった。しかも、呪いや祟りなど……そんなものを父の口から聞くなどとは夢にも思わなかったのだ。




 ふん、と鼻を鳴らし殊勝に振舞う私を前にふたたび腰を下ろした。




「なぜ鬼子村だけは別なのですか」




 私は質問を変えた。




「知っているからだ」




「……なにを」




 玉露ウイスキーで唇を湿らせ、忌々しそうに父は「呪いだよ」と答える。




「わかりません。呪いとは?」




 父が睨むので、あくまで呪いの内容のことだと補足する。




「親が子を、子が親を喰う。そういう呪いだ」




「しかしそれは表現として使った言葉で、正しくはないのでは」




「口答えをするな! 表現でもなんでもない、あれは呪いだ!」




 逆らえばひどいめに遭う。食い下がりたかったが私は堪えた。




「……そうでもないと説明ができない。あれが病気? バカな」




 私は気づいた。苦虫を嚙みつぶしたような、渋い顔つきの父の顔色が真っ青なことに。思えば普段よりも気が短いような気がする。




 怯えているのか。




 ふと頭をよぎった。まさか、あの父に限ってそんなことがあるものか。




 頭では否定するが、目に映る父はそのようにしか見えなかった。だからといって、私にそれを指摘する術はない。




 だがそれよりも気になることがあった。それは――




「お父さん、鬼子村の呪いが実在することを知っているようですね。まるで自分のことのように……」




 ぴくり、と父の肩が揺れた。




 湯呑を置き、父はゆっくりとこちらを見た。それは睨んでるではなく、弱々しいまなざしだった。間違いなかった。




 父は怯えていた。




「伸五郎、冷静に聞け。私たちはな、鬼子村の子孫なんだ」




 その言葉を聞いて、驚くことができなかった。




 あまりにも現実離れしていたからだ。










めろん。83へつづく(2020/3/2更新予定)

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