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【連載】めろん。59

公開日: : 最終更新日:2020/08/18 めろん。, ショート連載, 著作 , ,






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・綾田広志 38歳 刑事⑯




 虎穴に入らずんば虎子を得ず




 めろん村の白い施設のそばまでやってきた俺は胸の内でつぶやいた。




 両間にこちらの行動が筒抜けになっている以上、レンタカーでやってきたところでバレバレに違いない。




 見上げると施設は白く巨大な怪物のように見える。俺たちはわざわざやつの胃の中へと行こうというのだ。




 ――胃液に溶かされ、消化される前にでなければならないな。




 そのためにはこっちの問題を解決しなければ。理沙を見て気合を入れ直す。




「俺から離れるな」




「いいの? 固まって動いたら目立つんじゃ……」




「別行動でお前たちになにかあるほうが危険だ」




 蛙子はなにか言い返そうとしたがやめた。咄嗟に強がりを言おうとしたのだろう。いつもの調子ではいられないと彼女自身もよくわかっている。




 しかも蛙子の背中には理沙が眠っている。もしも俺と行動を別にした蛙子が連中に見つかればどうしようもない。俺が理沙を背負っておけばその分素早くは動けるかもしれないが、それ以外の行動に著しく制限をかけてしまう。




 先導するのがもっとも適役だ。とはいえ――




 丸腰では心許ないな……




 職務中であっても拳銃は携帯していない。巡査をひとりくらい連れてくるべきだったか。




 一体誰を? と自分に問いかけバカバカしくなった。これ以上誰を巻き込むというのだ。




 鬱蒼とした緑の中を進んでゆく。もしも奴らが敵意を持って俺たちを監視しているのであれば、これ以上適した場所はないだろう。周りは樹木だらけ、隠れたい放題だ。




 360度視界が行き届くはずもなく、仮に複数同時に現れたとすれば打つ手なし。あっけなく捕捉される。




 それだけ脆弱なパーティーだった。同僚の誰に話しても笑われるほど命知らず。まさに俺らしくない、行き当たりばったりの潜入。




 今から思えば、これも両間の計画通りなのだろう。




 俺たちの行動が筒抜けになっているのではなく、最初からここへくるように仕向けられていた――。




 坂口があの時、大人しく俺を帰らせたのはこうして檸檬たちを連れて戻ってくるとわかっていたからなのか。カモがネギを背負ってやってくるとはこのことだ。




「ねえ、黙ってないでなにか言ってよ」




 不意に蛙子に話しかけられ、俺は首を振った。次から次へと湧き上がってくるネガティブ思考を振り払う。




 なにを弱気になっている。それこそ俺らしくないではないか。




「悪いな、どこで見られているかわからんのでな」




「しっかりしてよ。あんたにかかってんだから」




「そうだな」




 コソコソしていても仕方がない。どうせ見られているのなら堂々とすればいいのだ。




 考えを改めた俺は大きく深呼吸をすると真っすぐ施設の入り口を目指した。




「誰もいないね」




 無人の玄関を見て口を開いたのは檸檬だった。




「そうだね。いつもいないのかな」




 背中の理沙を揺り上げ、蛙子が答えた。状況の異常さに気付いていないようだ。




 山の中とはいえ、これだけ大きな施設に警備が誰もいないなんてことはあり得ない。誘われているのだ。




 辺りを見回す。カメラはあるのだろうか。十中八九あると考えて間違いないだろうが、どこにあるかくらいは知っておきたい。




 ――あれか。




 奇跡的といっていいほどの強運で俺は一台のカメラを発見した。木の枝にうまく隠れるようにして小さなレンズがこちらを窺っている。




 だが所詮は一台。ほかにもあるだろうことを考えると大して収穫とは言えなかった。




 おそるおそる玄関に近づき、ドアの取っ手に手をかける。




 予想した通り、あっけなくドアは開いた。




「やった!」




 檸檬が明るい声をあげる。蛙子は困ったような笑顔を返しているだけだった。




 さすがに蛙子も気付いている。こんなにあっさり無人の玄関が開くわけがない。




 ――いいのか、本当にこのまま中に入って。




 ここまで来ておいて躊躇する。取ってにかけた手が固まった。




「…………!」




 袖を引く力に振り向くと檸檬がじっと俺を見つめていた。




 そして無言のままうなずく。そのまなざしからは覚悟のような色が窺えた。




「行こう、広志」




 蛙子の声が背中を押す。声音は強い。




 ――やれやれ、みっともないところは見せられないな。




 どうせ行くも地獄、戻るも地獄だ。




 ならば前に進むしかない。たとえ、地獄であっても。




 誰にとでもなくうなずき、中途半端なままのドアを開け放つ。




 腐葉土と草木とは脈絡のない、コンクリートの無味な匂いが鼻先に漂った。




 一歩足を踏み入れると、もはや山の匂いは消えここが街の一角なのではないかと錯覚する。




「すっごい、いつできたんだろ。まだ新しい匂いだよね」




「いつだか知らんが新しくはないはずだ。こんな山奥の施設とは思えんくらいに手入れが行き届いているだけでな」




「そうなの? じゃあどんだけ掃除の人雇ってんだろうね。じゃないとこんなに綺麗に保てないし」




 雇っている……か。




 普通に考えれば蛙子の言うように思うだろう。俺も同感だ。




 だが違和感を覚えた。雇っている……というのが本当に正しいのか?




 こんな巨大な施設をここまで清潔に保つのに、人員を割いているのだろうか。




 俺は頭を振った。




 そもそもここがどんな目的の、なんの施設かもわかっていないのだ。入口に立っただけで詮索するのはよくない。余計な先入観を生むだけだ。




 ふと目線を上げると、こちらを見つめている防犯カメラと目が合った。




 不安に押しつぶされそうになる胸を掻きむしる。無理に自分を奮い立たせると、「行くぞ」と言った。




 その言葉は自分に対してのものだった。










めろん。60へつづく

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