【連載】めろん。58
・破天荒 32歳 フリーライター⑬
「やられた。お前、なにかアプリ入れたか」
苦虫を噛み潰したように顔を歪ませ、広志は訊ねる。
混乱する頭の中を整理しながら私は記憶を遡った。
「アプリ……? そんなの私、入れてない。だってオフィスにだって行ってないし、檸檬たちとあんた以外誰とも会ってないし」
ライターと兼業でフリーの編集もやっている。もっとも、こっちは腰かけのバイトレベルだ。そういうわけもあってとある編プロに私用のデスクがあった。本業がない時や、さほど大きな案件でない時は出社している。
「最後にオフィスに行ったのは?」
「そんなのもう1週間以上も……」
そこまで口にしたところでハッと口を押えた。
そういえばオフィスの同僚にタクシーの配車アプリを勧められたのを思い出した。
「だけど、そんなの……」
取材や接待の時に便利だから。それに割引も効く。
その謳い文句に釣られてすぐにダウンロードし、その後数回利用した。なんの疑いもなく、ダウンロードしたこのアプリがまさか……。
そんなわけはない。考えすぎだ。そう念じつつアプリのアイコンを見つめ、『CityMove』という名のアプリを調べた。
「クソッ!」
次の瞬間、私は自らのスマホを窓の外へ投げ捨てていた。
「心当たりがあったろ」
「信じられない……一体いつからマークされていたの……それに会社のあの人だって……」
目の前がぐるぐると回る。
冷静な思考ができずに吐き気がした。
つまり会社の同僚は両間の息がかかった人間で、タクシーの配車アプリだと思っていたそれは位置を知らせるものだった。
タクシーの配車アプリはこれだけしか持っていなかったが、アプリの特性上GPSで現在地を知らせること自体はなんら不思議ではないのだ。
問題はあの同僚はいつから両間と関わり合いがあったのか。私が知る限り、もう数年はオフィスで働いている。普通に考えるなら、両間が私と広志に関係があることを知った頃からだろう。
だがそんなことよりも、どうやって手なずけたかだ。恐らく、金。
昨日今日ではない付き合いの知り合いが金で私を売った。その事実が私を打ちのめす。
「冗談じゃない、なんで……こんな」
だとすれば、ギロチンとの会話も筒抜けだったのか?
待て、盗聴の機能まであったとは限らない。仮に盗聴ができたとすればカメラをハッキングできたことだって考えられる。
「ぐう……」
思わずうめき声が漏れる。スマホを捨てたことを今更後悔した。
「諦めろ。どうせ素人が勘繰ったところであのアプリにどこまでの機能が備わっていたかなんてわからない」
「相変わらず察しがいい男」
以心伝心とはいうが、広志と心が通じ合うなんてまっぴらだ。というか私はこの男の思考なんてわからない。ならば一方的に考えを読まれているようで気に入らない。
「ちょうどいいからミニマリストでも目指してみたらどうだ」
「お気遣いありがとうございます!」
広志の横顔は笑っていた。腹が立ったが、おかげで両間の薄気味悪さに囚われかけた気持ちが治まった。そういうなにもかも見透かしているような態度が厭だ。
私の気持ちはこんなに見透かせるくせに、結婚と育児はそうはいかなかったのが意外というか、広志らしいというか、わからない。
「それより笑ってる場合じゃないでしょ。どこまで掴まれてるかわからないけど、少なくとも私が檸檬たちと一緒にいたことはバレているんだから」
「悔しいが泳がされていたんだろう。俺とお前が繋がっていて、その中に檸檬たちがいることを。俺が行動を起こすまでじっと待っていたに違いない」
「どうかな。理沙がめろんを発症したから行動にでたって考え方もできるわよ」
「……確かに。そっちが可能性が高いか」
「どっちも、でしょ」
「どちらにせよ、俺たちは飛んで火にいる夏の虫というやつなわけだ」
返事するのも癪だった。無論、広志にではなく両間に対してだ。
なぜ私たちを泳がせた?
自問し、その問いは緩やかに、だが迷わずにひとつの結論へと向かってゆく。
つまり、予測していたということ。
理沙か、檸檬がいずれ発症するだろうということに。
「もしかして、檸檬も……」
そこまで口にして後部座席を振り返った。檸檬はすやすやと寝息を立てている。
よかった、聞かれていなかったようだ。
「可能性はある。だが今は発症する危険より食われなかったことを喜ぶべきだ」
縁起でもないことを――とは言えなかった。もはやこれは現実問題だ。
あの時、もしも理沙を止められなかったとしたら檸檬は甘くておいしいメロンに……
「顔色が悪い。もう1時間もすれば見えてくるはずだ。少しでも寝ておけ」
「寝られるわけないじゃない。あんたみたいに心臓に毛が生えてるわけじゃないんだから」
毛が生えて心が強くなるなら苦労しないよ、広志はどこか遠くを見るようなまなざしでそう答えた。
聞きようによっては弱音のようにもとれる言葉。広志も人間なのだと、不謹慎な安堵が私の胸に降りた。
白い建物が山肌から生えているのが見えた。
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