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【連載】めろん。21

公開日: : 最終更新日:2019/08/06 めろん。, ショート連載, 著作 , , ,






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・破天荒 32歳 フリーライター④




「助かっていない? ワクチンがないのか」




 広志は「ウェンディゴ症候群」を「病気」であるとすぐに頭で変換したらしい。相変わらず切り替えの早い男だ。




「ワクチンとか、そういうことじゃない」




 精霊と病。一見、全く交わらない事象のように思えるが、なぜこれが同じものとして語られるのか。理由があった。




 実際にこの病にかかったものによると、ウェンディゴ症候群を発症すれば重く気分が落ち込むようになるという。その後、同じくして食欲の著しい低下。さらに症状が進行すると摂食障害を併発。通常の食物を受け付けなくなる。やがて会話が成り立たなくなり、身の回りの生活がままならなくなる。ここまで進行するとすでに自立すら困難になる。




 寒気と極度の自殺願望、悲観的発想が常についてまわり、みるみるやつれてゆく。




「けどね、逆に食欲はあるんだって。それも激烈な」




「食欲だと。矛盾しているぞ、発症すれば食欲が減退すると言った」




「そう。一切の食物を受け付けなくなる。『ある肉』以外のね」




「『ある肉』?」




 広志の顔色がサッと変わった。血の気が引いたような、引き締まったような、どちらとも取れる表情だ。




「察しはついてるだろうけど、ここでどうしてこれが『ウェンディゴの悪魔』と関連しているかを話さなければならないわ」




 インディアンの間で囁かれている言い伝えがある。




 旅人がこの地でひとり歩いていると、ふと人の気配がする。最初は気のせいだと思うが、次第に息遣いや強い視線を感じるようになる。




 だがどれだけ素早く振り返っても、気付いていない振りをして姿を確認しようとしても、姿はなかった。そんな気配だけを感じながら数日を過ごすと、次は声がするようになる。それも耳元で囁きかけるような、小さな声だ。




 それは連日続き、耐えきれず旅人は発狂してしまう。そして、自死を選ぶのだ。




 この状態をインディアンは『ウェンディゴに憑りつかれている』と言った。




「この段階では憑りつかれているだけ。まだ完全に進行しきっていない」




「待て。お前が言っているのは言い伝えの内容だろう。実際の病との関係性がわからん」




「そっちこそ大人しく話が終わるのを待ってよ。ウェンディゴ症候群とウェンディゴの言い伝え、進行の過程が一致しているのよ」




「一致している、だと?」




「そう。発症した患者はまず第一段階として、気分が落ちこみ食欲がなくなるというのがある。これはウェンディゴの気配を感じるようになってから表れる症状よ。そして、次の第二段階目。より強い摂食障害を誘発し、食物の一切を受け付けなくなる。これ、誤解されがちだけど『食べられない』んじゃなく、『食べたくない』と拒絶するんだって。患者はその時の状況を『ウェンディゴに囁かれたから』と話した」




「蛙子……」




「もうわかった? 『言い伝え』と『症状』は完全にリンクしている。言い伝えで『旅人』となっているのは誰にでも置き換えられる」




「インディアンだけではないのか」




「それがね、ウェンディゴ症候群は当初、民族性の疾患だと言われていたの。つまりはウェンディゴの言い伝えを持つ部族間だけでしか発症しない。けれど、訪れた旅人……つまり部外者も発症している」




 それがこの病気を『オカルト』たらしめている要因だった。




 話をウェンディゴ症候群に戻す。




 二段階目の症状に達するとウェンディゴから囁かれるようになる。くぐもった、聞き取りづらい、小さな声。それは執拗にこう囁くのだという。




『人間が食いたい。人間の肉を食え』




 もちろんそれは拒絶する。だがこれが毎日、起きている間も寝ている間も続けばどうだ。その間、食欲は激減している。




 目に入る人。通行人。家族。恋人。友人。人、人、人。




 それが次第にうまそうに見えてくるというのだ。まるで動く肉。牛や豚、鶏を見て『うまそうだ』と思う感覚とすり替わる。この頃から激烈な食欲が表れる。




 ただし、『人肉限定』で。




 そうなると患者は「このままでは自分がウェンディゴそのものになってしまう」という不安と恐怖を抱くようになり、それを回避するには『人間を食べるしかない』と偏向思考に傾倒するようになり、やがてそれに執拗に執着する。




「そして、人殺しを起こす。肉を食べるため」




「……人肉を食う以外、治療の術がないというわけか」




 頭を振る。不審な顔で広志は私を見た。




「逆。人肉を食べたら最後、絶対に治らない」




「どういうことだ」




「どういうことなんだろうね。ここもウェンディゴ症候群の謎に包まれている部分よ。症状が進行し、人肉を欲するようになった患者がなんらかの手段で人肉を食す。その時は満腹になるまで貪り喰うらしいわ。ただ、その後、患者は人肉も含む『全ての食物』を拒絶するようになる。そして、餓死するの」




 広志は無言になる。ようやく『メロン』と一致したのだろう。




「面白いでしょ。人肉を欲するくせに食べたら完全に『ウェンディゴ』になってしまい、そのまま死ぬ。わけわかんない」




 人肉を喰った患者はほとんどの場合、部族によって処刑された。だが近代になってからは入院治療に切り替わる。どんな治療を施しても、最後は骨と皮だけになって死ぬ。なにも食べず、飲まずに。




「人肉を食べる前なら、治療ができるのか」




「これについては諸説あってね、どれが正しいのかわからない。というか、どれもデマという可能性だってある。最も有力な説は『動物性の脂肪』を三食摂ること。憑りついたウェンディゴが人間の脂肪と勘違いするんだって。それで進行を遅らせることができる。これだって怪しいけどね」




「怪しいのはその話自体だろ。本当なのかそれ」




「自分から聞きたいって言ってきたくせにムカつくわね。だいたいオカルト怪談なんだから、この話の信ぴょう性を問うなんて野暮よ。でも、一部ではウェンディゴ症候群は現在もまだ有効な疾患だって話。行ってみたら? 感染できるかもよ」




 もっとも、もし本当に感染できたとしたら帰国は叶わないけど。という声は胸中にとどめておいた。




「ウェンディゴ症候群……と、メロンか」




 考え込む広志の前で、コーヒーのグラスが結露の汗を流していた。













めろん。22へつづく



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