【連載】めろん。22
・破天荒 32歳 フリーライター⑤
しばらく広志は考え込んでいた。
それに付き合って私も黙っていてやる。時折スマホを見たり、手帳でスケジュールをチェックしたりして時間を潰すが、なかなか長い。
それもそうか。
自分の中で納得させた。
あの堅物男の広志が自ら進んでオカルトの分野に足を踏み入れてきたのだ。情報を整理するのに大変なのだろう。
それにしても広志が語った『メロン』の事件というのは本当だろうか。今さら広志の話を疑うはずもないが、それにしたって現実味がない。
私も職業柄興奮してウェンディゴとの関連性について話したが、正直なところ現実的な話ではない。
実際、話をしている最中も広志は時折疑わしいと言っているような質問をしてきた。
きっと彼自身も今自分を取り巻いている事件を本質的には信じ切れていないのだろう。
だが起きている……その動かしようのない事実が、彼を長い思考に沈ませているのだ。
「例えば、他に似た事象の話はあるのか」
ようやく口を開いた広志からはやはりこれまでの彼からは想像できない言葉が飛び出た。ここまでくるとなんだか私のほうも楽しくなってしまう。
「そりゃあいくらでもあるわよ。でもどれも眉唾物。オカルト、ホラー界では食人はポピュラーなテーマだからね。ただし、拷問や事件・事故ものばっかり。ウェンディゴの悪魔みたいな伝承が絡んだちゃんとしたのは少ないね」
むしろ、食人した殺人鬼はそっちの専門じゃない? と厭味を言った。
案の定、広志は無視だ。
「で? 私のお役目はこれだけ?」
伝票を取り、席を立つ。茶代くらい奢らせようと思ったが、予想外に面白い話を聞けた。それにこんな広志を見れたこともあり、気が変わった。
もうこれ以上の話題はない、そう踏んで私はレジへ向かおうとした。
「また連絡していいか」
歩を止める。今、なんて?
「はっきりとは言い切れない。だが、これからも俺の身近で起こるような気がする。そうなればもう情報の出所や種類に贅沢を言っていられない。お前の話もかなり参考になった」
「……ほんっと、驚いた。よっぽど切羽詰まってるんだ」
私は広志の前に座り直した。
「いいわ。じゃあ、条件」
「なんだ?」
「そっちの情報ももらうわ。今回みたく、お互いがお互いの情報を交換するの」
「俺の仕事がなにかわかってるだろう。外にだせないことだってある」
「あんたと付き合ってる頃はね、それで随分揉めたっけ。けど今回は違う」
広志は黙って私を見つめた。
見定めているのだ。自分にとってどれだけ有益なのか。広志にこんな目で見られるのは初めてのことだった。
「今、返事はしない。だが前向きに検討する」
そう言って広志は私が一旦戻した伝票を掴み、足早に去った。一緒にでるのは癪なので私は座ったまま頬杖を突く。
「まあ、上々ね」
即答しないところが広志らしいし、期待はしたが落胆するほどでもない。むしろ上出来だろう。
こんな聞いた事もない変事件に関われるとしたら大儲けだ。
最近落ち込み気味のホラー業界に旋風を巻き起こせるかもしれない。そうなればしょっぱい案件で安いコピーを書かなくて済む。夢があるではないか。
氷の解けた水を飲み干し、広志の姿が無くなったのを認めると私は店を後にした。
それから私はコネクションを駆使し、『メロン』について調べた。
ネットの記事では時々ヒットする程度……これでは広がりようがない。ネットで有名なら私が知らないはずもないし、想定内だ。
結局、頼りになるのは生身の人……というわけである。
オカルト系ライターの知り合い、怪談作家、ホラー作家、こういう時に意外に見落としがちなのがSF作家だ。
この辺の物書き連中は変人も多いが変態も多い。要はスーパーマニア。
他所では絶対に聞けないような話や、誰も持っていない情報を人知れず持っていたりする。
当然、彼らにも当たったが残念なことに彼らには共通した欠点があった。
トレンドに疎いということだ。過去のケースや文献、情報などには詳しいが今起こっていることは何テンポも遅れる。
今起きていることは整備されていないし、新しい情報だから興味の範疇外なのだろう。
思ったよりも役に立たず、肩を落とす。
だが彼らの中で唯一、新しい情報にも敏感なのはオカルト系ライター。きっとなにかは知っているだろう。
ただし、問題がある。それは私と『同業者』であるという点だ。
「はじめて聞いたな。でもあんまり外では言わない方がいいぜ、それ」
あからさまに『知っている』臭をだしてきたのはオカルト系ライターのギロチンだ。
オカルト記事以外にも映画批評やフェスレポなども手掛けており仕事の幅は拾い。オカルトが専門ではないということで、界隈以外の人脈も持っている。
『外で言わない方がいいぜ』とはつまりなにか知っていると匂わせているのだ。
同業者が同業者に情報をリークすることなどまずあり得ない。ライター同士はネタの取り合いなのだ、自分だけが掴んでいる情報をみすみす提供はしない。
だがこちらにもカードがある。
「警察関係者に協力者がいるんだよね」
「だからなに?」
「直接メロンに関わっててさ、私が情報提供に協力するかわりに向こうからももらうって取引してる」
「詳しく」
ギロチンは前のめりで訊いてきた。思った通りノッてきた。
普段は私も同業者と情報交換のようなことはしないが、今回は別だ。協力者は多い方がいい。
それも全国にコネクションを持つ人物が理想的。まさにギロチンはその条件を満たしている。フェスのリポートであちこちにいくし、パンクバンドはインディーズまで追いかけるのでこちらも小回りが利く。
なにより、ギロチンはガツガツしているのがいい。
「じゃあ、まずそっちからメロンの情報教えてよ。じゃないと信用できないでしょ?」
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