【連載】めろん。42
・ギロチン 29歳 フリーライター②
方針を変えて改めて取材をし直すも思ったような成果はなかった。
というより……何人か聞いて薄々気付いていたが、知らない振りをしている年寄りがいる。本当は知らないことはないのにシラを切っているのだ。
まあ俺の外見も外見なので年寄りが警戒するのも無理はない。都会では割と受け入れられがちなのだが、こういった片田舎ではそうもいかなかった。
「やっぱり破天荒さんとくればよかったかな」
想定内とはいえ、情報収集の障害になってしまうのは誤算だ。
「スラムだったら割と楽勝で溶け込めるんだけどな」
スラムと田舎とは違う。わかっていながらも歯がゆさを隠しきれなかった。
そろそろこの辺で切り上げてメロン村へ行こうと決め、最後の聞き込みに身を引きしめた。
「ああ、そりゃあごんべ村だあ」
「え、知ってるんですか」
残り物には福があるというが、諦めないものだなと思った。
最後の最後に話を聞いた金物屋の老夫がはじめてメロン村を知っていると答えた。それも村の本当の名前つきだ。
「ごんべ村って言うんですか?」
「いやあ、本当の名前なんて誰も知らないからねえ。誰も名前を知らないし、なんならたぶん名前が本当にない村だったんじゃないかなあ」
「名前がない村……へえ、面白い」
「だから『ごんべ村』だあ」
「名無しの権兵衛、ってことですね」
嬉しそうに店主はニコニコと笑ってうなずいた。
続いてどんな村だったのか訊いてみると店主は詳しくは知らないが、と前置きをした上で話し始めた。
「とにかくなあ、あそこの村の話はせんように言われてたんだあ。なんだって、親が子を食うっていうんだから」
「親が子を食う……ですか」
そう言いながら頭の中では『ウェンディゴの悪魔憑き』の症例が浮かんでいた。
「そうだなあ、あそこの村では時々子供が狂う。えらく狂暴になって親や家族、近所の住民見境なく襲い掛かるっていうんだ。『鬼子』っていうてなあ、わしらが子供のころはあの近くに行くと鬼子がいるから絶対に行くなって言われてたなあ」
「ほお、鬼子」
なるほど。親が子供を食うというのは力関係からして必然だ。だがおそらく、便宜的にそのように言っているだけで実際は『大人が子供を食う』ということなのではないかと思った。
子供がメロン病にかかったとしても、大人からすれば『狂った』ということで片付く。
「狂った子供を親が責任をもって殺して食うんだ。『また同じ子が良い子で生まれてくるように』となあ」
「そうなんですか。……ん、ちょっと待って。それはつまり鬼子を親が食うということですか」
「そうだなあ」
「それはおかしい。鬼子はつまり発症した子供で、人食欲があるのは鬼子のほうだ。いわば親は発症していない普通の人間だというのに子供を食うなんて……」
「はて、あんたがなにを言うとるんかわからん。だがあの村が無くなった原因は鬼子のせいだからなあ」
「どういうことですか」
「ごんべ村はなあ、鬼子が親を食ったからおかしくなったんだあ」
衝撃的な証言すぎて思わず聞き逃しそうになった。
「鬼子が親を食った?」
うなずく老人を前に俺は唖然とした。遅れて興奮が胸に込み上げてくるのがわかった。
なんということだ。メロン村ではそもそも逆だったのだ。
発症したほうが人間を食っていたのではなく、発症したから食った。いわゆる間引きだ。
村の外に忌み嫌われた鬼子がでないように、だが昔の集落によく見かけた私宅監置(精神障碍者を監視・閉じ込めるための私設牢。離れに畳一畳ぶんほどの部屋を作ったり、座敷牢などに外にでないよう閉じ込めた)を設置する習慣がなかったのだと思われる。
閉じ込めておくこともできず、外にはだせない。
おそらくだが鬼子は村の厄介者であり村の恥部だったはず。それを知られるのは非常にまずいと感じたのだ。
そのため食った。そして食糧問題にも踏み込み、一挙両得という算段だ。
時折、逃げだした鬼子が山で発見され暴れたこともあったのだろう。そのため老人がいう噂が流布されたに違いない。
ゾッとしない。これだからこの仕事はやめられないのだ。
人間の残虐さ、恐ろしさ、浅ましさ……それを神聖なことだと信じてやまない民族がいた時代が確かにあったのだ。土着信仰という名の信仰がそこにあった。
近代以前まで集落や村単位での間引きは普通にあったと聞く。その対象になったのはいつでも子供か年寄りだ。その最たるものなのかもしれない。
もしかすると当初、メロン病は『子供にのみ発症する病』だったのかもしれない。
それがなにかの間違いである日、『食われるはずの鬼子が非発症者の大人を食った』ことで調和が崩れる。つまり、『人食欲を叶えた鬼子が広めたウィルス』のようなものなのだろうか。
「そのあたりから爆発的に鬼子が増えるようになったようでなあ。どうしようもなくなったごんべ村の連中は村を捨てて散り散りになったんだあ」
「村を捨てて? 鬼子はどうなったんですか」
「鬼子は置いていったあ。いくら狂ってるっていうても子供を置き去りにするなんてかわいそうになあ」
「鬼子だけが残った村……」
それじゃあごんべ村やめろん村というより、【鬼子村】じゃないか。
頭の中で殺し合い、共食いをしあう子供たちが浮かんだ。
最悪な光景だ。ゾクゾクする。
「村から姥捨て……いや、子捨て山になったってわけか」
俺は老人に礼を告げ、車を発車させた。
ドキドキする。こんなに興奮するのは久しぶりだった。
さあ、いこう。鬼子村。
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