【連載】めろん。43
・ギロチン 29歳 フリーライター③
ウェンディゴとは森に棲む氷の精霊だ。
カナダ、アメリカ北部に住むクリー族を含むいくつかの部族で伝えられている神話に登場するウェンディゴは、人と同じだったり人よりも巨大だったりと諸説ある。
共通しているのは、『ウェンディゴは人間を食う』という点。これこそがウェンディゴの特徴だといえる。
そのため部族たちの間では畏怖の象徴として恐れ伝えられているのだ。
ウェンディゴ伝説の特異な点といえば、食われる側の人間がなぜか自分を『ウェンディゴだと思い込む』ことだろう。自分はウェンディゴに変貌し、人間ではなくなった。
だから人間を食う。という思い込みにより、本当に人間を殺して食べる。
これが遥か過去の事案としてひとりの男の話と伝えられているのなら、それはただの『サイコパス』として片づけることができるだろう。
だが老若男女問わず、自分がウェンディゴになったと思い込む人間が現れ、そのどれもが人間を食べた。もしくは食べようとした。
あるものは耳元で常に「人を食え」と囁かれたという。
あるものはウェンディゴが夢に現れて人間を食うよう命じたという。
あるものは強烈な飢えによって純粋に人間を食したいと思うようになるという。
部族の中では、住民がウェンディゴに魅入られないよう定期的に人間の生贄を捧げたともいう。
日本も含め、世界各国で『神(精霊)の怒りを鎮めるには生きた人間を捧げる』という土着信仰を見かけるのは興味深い。ただ、ウェンディゴの伝説に関しては、『一族のものを食われたくないので人間を捧げる』のはどうも本末転倒な気もするし、矛盾さえ感じる。
その矛盾が部族にかかわらず、旅人でさえウェンディゴに変貌させてしまうひとつの因果になっているのかもしれない。
過去にウェンディゴについて書いた記事を読み返した。見た目とギャップのある堅めの文章が俺の持ち味だた。
鬼子が親を食ったことで村は滅んだ……。
面白い話だ。
鬼子がウェンディゴ発症者だと断定するならば、鬼子村……めろん村でもそれが神様、もしくは悪霊や妖怪の伝承だと信じられていたに違いない。
つまりめろん村では『人食願望の子供が生まれる』というのは周知の事実だったわけだ。
どうやって滅んだのか、俄然興味が沸いた。
鬼子が親を食って、なぜ村が滅ぶのか。ゾンビのように感染拡大したのか?
ならばなぜ山の外には漏れなかった。いや、漏れたからめろん患者が現れた。――が、それはここ最近の話だ。
それ以前はめろん事件は起こっていない……はずだ。
めろん村の生き残りがいた。
そのように考えるのが自然だ。めろん村は滅んだが、村人の子孫はあちこちに存在していて子孫を残している。
彼らはめろん病は発症していないから事件は起きなかった。だが彼らの子孫……子供や孫など血を引き継いだ人間の中に発症者が現れたとしたら?
ウェンディゴ症候群は自分をウェンディゴだと思い込んだ。
メロン病発症者は他者……それも近親者に対して強く、メロンだと思い込む。さらに発症者は自分が人食している自覚はない。あくまで「あまくておいしいメロン」を食しているに過ぎない。
「人間がメロンに見えるなんて、最高にクールだね」
ゾクゾクしてきた。
やがて車は目的の場所へと近づき、適当なところで車を停めた。
「この辺のはずなんだけどね」
見上げるが白い建物の輪郭もない。考えてみればこんな道沿いに見えたらもっと有名になっていそうだ。山道を進むほかない。
「ただいまより旧めろん村跡地へ向かおうと思います」
ICレコーダーに記録する。レコーダーにはここまでのことを記録していた。俺自身の考察も。
スマホの充電は満タンだ。磁石アプリもあるし、地図アプリもある。GPSも正常に動いているから迷うことはないだろう。
「よし、行くか」
リュックを背負い、俺は山へ入った。
山の中は不安だ。得体の知れない虫はいるし、木や植物、土の臭いも厭だ。
残念ながら俺は自然を愛しているタイプの人間ではない。
興味があることに対してのバイタリティは、自分でいうのもなんだが強い。そのための厭な思いは我慢できる。だがそれは所詮我慢しているだけだ。
厭なものは厭だ。
それに方向がわからない。二十歩も進めばもう前後左右同じ景色だ。アプリで方角が分かっているので迷わないが、どこまで進んでも風景が変わらないのはストレスだった。
旧めろん村へ行くルートとして選んだのは亜種だ。通常の行程とは異なる。
正面から行ったところで白い建物の全容がわからないかもしれないと思ったからだ。
まず後ろから見る。次に横。最後に正面がいい。
だがそもそも白い建物は本当に存在するのかも問題だった。
絶対にある、という確信はあるが確証はない。
歩き慣れない山道は体感よりも進んでいないようで、これがまた苛立ちを倍加させた。
「くっそ、もうちょいだもうちょい!」
自らを鼓舞させるため声をだした。
「……ん」
自分の声が微かに反響したように思えた。目を凝らしてみると、木々の隙間に灰色の壁が覗いている。岩という可能性もあるが、俺の目には人工物であるように見えた。
つまり、あれが目的の建物だ。
はやる気持ちを抑えながら足取りを強める。一歩進むたびにストレスが溜まった山道がなにも感じなくなった。俺は興奮していた。
俺の前に現れたのは灰色の塀。そして、そびえる白く四角い箱。
「あった……本当にあった!」
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