【連載】めろん。13
・木下 英寿 19歳 大学生④
「めろん♪ めろん♪ めーろーん♪」
背中で茉菜はメロンの歌を歌い踊り始めた。茉菜が上下するたび、階段を踏む足がバランスを崩しそうになる。
「もう着くからもうちょっと静かにしてよっか茉菜ちゃん」
「めろん?」
「はは……」
なんだというのだ。茉菜は急に「メロン」しか発しなくなった。メロンを連想させるなにかがあったのならまだわかるが、なんの脈絡もない。
「めろん、めろん」
愛想笑いを漏らしながら、あと3段、2段と階段を上る。
『408 玉井善吉 典美 茉菜』
玄関横のプレートを見上げ、荒い呼吸のまま安堵の溜め息を吐く。なんとか辿り着いたぞ。
「めろーん」
「わかった、わかったから……」
さっきまでの聞き分けの良さと大人しさは一体どこへ行ったんだ。子供特有の豹変ぶりについていけなかった。
「すみませーん」
夜なので控えめに呼びかけた。インターホンも鳴らす。少しして奥から足音が近づいてきた。
緊張してきた。なにも悪いことはしていないが、子供をこんな時間につれてやってきたのだ。なにを言われても不思議じゃない。
それよりも茉菜の母親が虐待親だった時のことのほうが心配だ。茉菜を帰したことで酷い目に遭わなければいいが。
「メロン」
「えっ……あ、あの僕は29棟に住んでいる木下っていいます。茉菜ちゃんが怪我していて手当てをしてですね……あ、預かってました!」
中からでてきた中年の女。茉菜の母親なのは間違いなさそうだ。第一声から「めろん」だなんて、疑う余地もない。
それにしても流行っているのだろうか。それとも玉井家の遊びなのか。
僕の考えを肯定するかのように女は再び「メロン」と発した。
「じゃ、じゃあ茉菜ちゃん、ここで下ろすから。またね」
「めろーん!」
おぶっていた茉菜を下ろし、さっさとここから去ろうとしたところを茉菜に腕を引かれる。「めろん!」といいながら怒っているのか泣いているのかわからないくしゃくしゃの顔をしながら僕をぐいぐいと部屋の中に入れようとしている。
「だめだよ、もう帰らないと。時間も遅いし……」
「めろん!」
どうしたんだ。本格的に「めろん」しか発音しない。これではなにかの病気だ。言いたいことはちゃんと言わないとわからない。
「メロン、メロン?」
今度は母親だ。
親子そろって「メロン」しか言葉を発しないのは不気味過ぎる。まさか、僕が気付いていないだけでメロンの国に迷い込んでしまったのだろうか。
「メロン」
「えっ……いや、ぼくは」
母親がどうぞとばかりにドアを開けた。中に入るのはごめんだ。僕は固辞するが、めろんめろんとはしゃぐ茉菜に押し切られる形で中に入ってしまった。
「これは違うくて、あの帰ります僕……」
ガチャリ、と聞き馴染みのある施錠音。鍵を閉めたのか? と茉菜を見る。茉菜は無邪気に笑っている。
「茉菜ちゃん、また明日くるからさ……だから今日は帰るよ。すみません、茉菜ちゃんのお母さん、細かいことは明日――」
ごぽっ、
「???」
ごぽっ、ってなんだ? 急に声がでなくなったぞ?
「ごぼぼ、ごぷっ」
ジャバジャバと胸に温かいなにかを感じる。胸を見るとぐっしょり濡れている。真っ赤に、濡れている。
「ごっぽ?」
「メロン……❤」
母親が片手に庖丁をもってにっこりと笑っている。庖丁はてらてらと赤く濡れ、どろりとした質感のまま床に雫を落としている。
血?
「ごぽぽっぼぉお!」
僕が叫ぼうとするたび、噴水のように噴きだす血。……血? そうだ、これは血だ。
無意識に喉に触れる熱い。掌を見る。血、血、血……血!
「ぼぼぼぉ~!」
それが自分の喉から噴きだしていると自覚した直後、激烈な痛みが喉を焼いた。苦しい、熱い、怖い!
「めろんっ、めろんっ、めろんっ!」
「ごぶばっはぁ! ぼぼ……」
血を止めようと両手で喉の傷を塞ぐ。口から傷から、とめどなく噴きだす血は止まらない。熱い、喉が……痛い、死んでしまう……!
外に逃げようと玄関のノブを掴む。べっとりと血に濡れた掌でつかもうとしたドアノブはつるりとすべり、頭を打つ。意識が朦朧とする。視界が急激に狭くなってゆく。
厭だ! なんなんだ! なんで僕がこんな目に! 死ぬ? 嘘だ……嘘だ!
スト5やっとけばよかった! あの時茉菜のことなど見ない振りをして、1000円をもってゲーセンに行っておけば……ああくそ! 死にたくない!
気付くと僕の目の前に茉菜の顔があった。
あれ、茉菜ちゃん……急に大きくなった?
「めろーん」
茉菜は満面の笑みで僕の肩を掴むと力任せに前後に揺さぶる。僕の血が壁に、天井に、ドアに、靴に、飛び散る。母親は腹を抱えて笑いながら、僕のふとももをや胸、腹に何度も何度も庖丁を突き刺した。
「あばばば……」
眼窩に猛烈な異物感。じゅぷっ、と変な音を立て僕の視界が極端に閉じる。視界に映っているのはだらしなく垂れたリボンのような視神経と繋がったままの眼球と、大口を開けて今まさに食べようとしている茉菜の姿。
やめて、僕の目を食べないで……おねがい……ゲームできなくなっちゃうじゃんか……
口の中で弾け、口からダラダラと汁を垂らす茉菜は幸せそうに笑った。
ああ、僕の目玉……
茉菜はニコニコと近づいてくる。顔や体のあちこちが赤い。血まみれだ。
そして僕の喉にかぶりつくと、おいしそうに喉をごきゅっごきゅっと鳴らした。
「あまくておいしい」
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