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ホラー小説 / お見舞い その1

公開日: : 最終更新日:2015/02/15 ショート連載

お見舞い

■悪夢は突然に

 

 

 

「卓也! 卓也! お父さんだぞ! ほら、しっかりしろ!」

 

 

 息子の卓也は私の呼びかけに対し、なんの反応も見せずただガラガラと慌ただしく地面を蹴り回る担架に乗せられていた。

 

 

 いつものように家を出て、会社でコーヒーを飲み、午後からの会議の資料を纏めている時、緊張感のない顔で総務の女性社員が伝えた。

 

 

「奥さんから電話です」

 

 

 なんだ昼食代を持たせるのを忘れたとかかな?

 

 

 心配しなくてもそのくらいは持っているのに。

 

 

 そんなことでわざわざ職場に電話なんかしてこなくても……

 

 

 小学3年生の息子、卓也はすっかり手がかからなくなり、妻の玲子は去年から家から二つ先にあるデパートの洋服店でパートを始めた。

 

 

 ……あれ、玲子の奴今日は休みなのか?

 

 

「3番で繋いでますので、お願いしまぁす」

 

 

「ああ、ありがとう」

 

 

 内線電話の受話器を上げ、3番のボタンを押すと耳元でハァハァと息切れを思わせる息遣いが聞こえ、

 

 

 なにか急な用事でも思い出したのかと思い、出来るだけ明るく話そうと努めた。

 

 

「おうどうした? 今日は休み?」

 

 

 本当ならばちょっと不機嫌なトーンで出ても良かったが、長い結婚生活の中でも彼女が私の職場にまで電話をしてくるなんてことはあまりない。

 

 

 きっと急を要することなのだろう。そんな時にイライラしている素振りを見せるのは損だと直感的に悟ったのだ。

 

 

「た、卓也がね……」

 

 

「卓也? ああ、卓也がどうした?」

 

 

■車が憎い憎い憎い

 

 

 ビュンビュンと目の前を何台もの車が横切ってゆく。

 

 

 逸る気持ちを身代わりになっているつもりなのか、横切ってゆく車はどれもとてつもない速さに思えた。

 

 

 実際は、そこまで大袈裟なスピードは出していないのだろうが、今の私は出来るならその車の一台に飛びつき、天井にしがみついてでも急ぐ訳があった。

 

 

 だが無情にもどれだけ私が高く手を振っても車は止まることは愚か、こんなときに限ってタクシーが来ない。

 

 

「止まれ……止まれ……止まれよ!」

 

 

 その時一台のタクシーが向こうから来るのが見えた。

 

 

 だがそのタクシーは4車線ある道路の3車線目のほうに見え、このままだだと通り過ぎてしまう。

 

 

 私は両手を振って二車線目まで飛び出すと無理矢理やってくるタクシーに意思表示をし、その作戦はなんとか功を奏した。

 

 

「ちょっとお客さん、いくらなんでも危ないですって!」

 

 

 車内に乗り込むと運転手は開口一番不満を零した。

 

 

 無理もないと思うが、今の私はそれどころではない。

 

 

「●●病院へ行ってくれ! 急いでほしい!」

 

 

 私の剣幕と、病院というワードに運転手はなにか感づいたようで本当に飛ばしてくれた。

 

 

 そんな中でも私では外の景色を見ることも、運転手と雑談を交わす余裕もなく、ただ携帯電話を両手で握りしめながら堅く目をつむって祈った。

 

 

「どうか、どうか嘘でありますように……」

 

 

 病院につき、運転手に5千円札を渡した。

 

 

 ここまでの料金がいくらだったのかは分からないが、運転手はもらいすぎだと言おうと口を半開きにさせた時にはもう私は玄関に向かって走っていた。

 

 

 受付に名前を言うとすぐに奥の緊急処置室へ行けと言われた。

 

 

 簡単に通じてしまうあたり、いよいよ私に疑念の余地を失くさせてゆく。

 

 

 ――妻は電話で私にこう告げた。

 

 

「卓也が、通学中にトラックに撥ねられたの! 今私も病院に向かっているところ……どうしよう……ねぇどうしよう!」

 

 

 今にも泣き叫ばんと言った様子の玲子に私は出来るだけ平静さを装い落ち着いて病院に向かうように言った。

 

 

 実際この時の自分は、落ち着いていたというより卓也が交通事故にあったということに実感が沸かず、ただ呆けていただけだったのだと思う。

 

 

■神サマはいない

 

 

 病院の受付に言われた通り奥の緊急病棟へ入ると、すぐ担架に乗せられ玲子に声を掛けられながら運ばれる卓也が現れた。

 

 

「卓也! おい卓也! わかるか、お父さんだぞ! しっかりしろ!」

 

 

 卓也は意識が無いらしく私の呼びかけにも一切反応はしない。

 

 

 人工呼吸器のマスクを付けられ、応急処置で施されたガーゼや包帯が頭や腕に巻かれ、白いそれらから赤く滲む血を見て、哀れな我が子と、無力な自分を思い知る。

 

 

「先生、卓也を助けてください! お願いします卓也を!」

 

 反応しない卓也の代わりに風格のある医師に話しかけるが、医師はただ一言「最善は尽くします」とだけ答えた。

 

 

 ゴンドラのように奥の室内へ担架ごと消えた後、ドアのすぐ上のランプが赤く点った。

 

 

【手術中】

 

 

 玲子は私の背中に顔をこすり付け獣のような雄叫びを上げて泣き叫んでいる。

 

 

 私は祈ることしか出来ない無力さに絶望しながらも、普段祈りもしない神様に全てを擲っても惜しくないと念じるように、卓也の無事を願い神に請うた。

 

 

 

 

 

【お見舞いその2】



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