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【夜葬】 病の章 -70-

公開日: : 最終更新日:2018/04/17 ショート連載, 夜葬 病の章



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慌てて飛び込んだ家。

 

 

すぐに心張棒をあてがい、外からの侵入を防いだ。

 

 

戸に背を張り付かせ、肩で息をする。体重を乗せてせめてもの抵抗とした。

 

 

「…………っ」

 

 

手で口を塞ぐ。ぜえぜえと荒い呼吸が外に漏れないように。あの化け物に気づかれないように。

 

 

自分が見たあれは本当に存在していたのだろうか。今さら疑いようのない事実なのにもかかわらず、鉄二はアレを否定しようとした。

 

 

あんなにも恐ろしい、化け物。しかも顔はゆゆのものだった。逆さの。

 

 

それにあの風貌……間違いなく船坂のものだ。

 

 

つまり、ゆゆは父親の体を借り、五月女のもとへやってきた。地蔵還りとして。

 

 

鉄二は信じがたい現実に目を背けたかった。思い出すだけで胃液が逆流し、吐き気がこみ上げる。

 

 

「おぞましい……おそろしい……あんな、あんな化け物……」

 

 

額や顔だけでなく、体中をぐっしょりと汗で濡らし、鉄二はうわごとのように繰り返す。

 

 

あんなもの、あんなものがこの世にあってたまるものか。

 

 

違う人間の体に違う人間の顔がでたらめに嵌め込まれている。しかもノミを持ち、子供がふざけて人形の顔を逆に嵌め込んだような、無邪気なまでの狂気。あんなものに狙われてはひとたまりもない。死ぬしかないし、アレに追い掛け回される恐怖を想像しただけで死んだほうがマシだとさえ思った。

 

 

呼吸が整う前に無理矢理音を押えているから、息苦しさを感じた。

 

 

なるべく音をたてないように、としているのに心臓の音がうるさい。もしかすると、外までこの鼓動の音が聞こえてはいまいか。

 

 

身の回りの些細な要素すべてが、鉄二を不安にさせた。

 

 

『テッチャン……テッチャン……?』

 

 

ひと際大きく鼓動が鳴った。叫びだしそうになる口を必死で塞ぎ、背中に張り付いている板一枚向こうに広がる闇に神経を集中させた。

 

 

あの声はゆゆ。ゆゆは自分を捜しているのか、それともすでに居場所がわかっていて呼びかけているのか、わからなかった。

 

 

戸から離れるべきかとも考えたが、今離れれば鉄二の体重で押された戸が敷居とのかすかな隙間の間で音を立てるかもしれない。大したことのない、微かな音。やもすればただの風の音とも取れるものだったが、今の鉄二にはそれすらも致命傷になりかねないと危惧した。

 

 

――去れ、去れ、去れ……!

 

 

心の中で念仏を唱えるように何度も何度も念じた。

 

 

ゆゆの声に懐かしさや愛おしさなどは感じない。ただ、ここから恐怖が過ぎ去ることのみを願った。

 

 

ガシャン!

 

 

突然の騒音にハッと顔を見張る。

 

 

間違いなく、いまのはこの家の中から聞こえた。

 

 

反射的にそこから離れようとするが、鉄二は思いとどまった。

 

 

この家の住民だという可能性が高いからだ。

 

 

鉄二は暗闇の中、灯りの見えた家に咄嗟に飛び込んだ。

 

 

灯りがついているのだから、人がいると考えて当然だ。そう考えると、今の騒音の主はこの家の者によるものに違いない。

 

 

おそらく、住民は鉄二が家に飛び込んできたことを知らない。だから奥で通常通りに日常生活を送っているにすぎない。

 

 

で、あればどうするべきか。奥にいる住民に助けを求めるべきか、それともこのまま黙っておくべきか。

 

 

「テッチャン……テッチャン……」

 

 

外からはまたゆゆの声が聞こえてきた。もはや一刻の猶予もない。迅速に決めなければならなかった。

 

 

――くそっ!

 

 

鉄二は戸を押え、物音がしないよう細心の注意を払うと騒音のした奥へと進んだ。

 

 

住民に事情を話し、協力してもらうことを選んだのだ。

 

 

奥は炊事場だった。釜土があり脇には薪がくべてある。進んでいくと、中は仄かに温かい。さっきまでここで住民がいたのだろう。

 

 

鉄二が見回すと鍋や調理器具が散乱していた。どうやら騒音の犯人はこれらしい。

 

 

自然に落ちたものなのか、それとも誰かが誤って落としたのか。

 

 

ぶちっ。

 

 

なにか厚手の布が裂けるような、妙な音が聞こえた。

 

 

鍋やらが散乱しているさらに奥の角だ。あそこに誰かがいる。

 

 

鉄二は転がっているそれらを避けながら進み、角を覗き込んだ。

 

 

「突然すまないが、話を聞いてくれな……」

 

 

住民は、いた。

 

 

あおむけに横たわり、虚ろな目で女が天井をみつめていた。しかし、その顔はなにかが足りない。顎だ。顎が無理矢理引きちぎられたようにごっそりとなくなり、でろんと情けなく長い舌が首に向けて垂れていた。

 

 

そして、顎のない女の上に馬乗りになり、血まみれの下顎を注意深く観察している人影があった。

 

 

鉄二は、その人影を知っている。

 

 

五月女実久だ。

 

 

「じ、地蔵還り……」

 

 

最悪の展開だった。

 

 

外にはゆゆが得体の知れない悪鬼となり、あれだけ危険視していた【地蔵還り】が現実となったのだ。

 

 

「げげげ元気にににににななななああた? たた? ふふ、ふふふ」

 

 

手には調理場にあったのだろう包丁が握られている。

 

 

ゆらりと鉄二を見上げ、口元を歪めるとおもむろに立ち上がった。

 

 

鉄二は脱兎のごとくその場から離れ、心張棒を外すと外に飛びだす。幸い、ゆゆの姿は見当たらなかった。

 

 

「終わりだ……なにもかも、終わりだ!」

 

 

 

 

 

 

-71-へつづく

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