【夜葬】 病の章 -71-
朝が来た。
恐怖で震え、目が冴えてしまい、眠れるわけがないと思っていた鉄二だったが、朝の光が彼のまぶたをこじ開けた。ちゃっかりと眠っていたのだ。
自分自身、よくこんな状況で眠れたものだと感心するが、むしろ極限の精神状態を長時間維持しすぎたがための疲弊からくるものだったのかもしれない。
昨夜、外に飛び出した鉄二は無我夢中で走り回り、気がつけば鈍振神社の本殿の中で身を縮めていた。
極度の緊張状態と恐怖で震える体。音を立ててはいけないとわかっているのに荒い呼吸と貧乏ゆすりが止められない。
このままずっと、永久に夜は終わらないのではないかという倒錯的な不安が常に鉄二を蝕んだ。
だが、朝はきた。鉄二もまた、生きている。
鉄二が見上げると目の前に神像が雄々しくそびえ立っている。
無心で飛び込んだ際には切迫した心理状態と物理的な暗闇でわからなかったが、こうして見上げればなるほど、自分は神に救われたのかと思った。
「神……? 神だと。はは……馬鹿な。この村は神に捨てられたんじゃないのか」
――それどころか、村が神(福の神)を捨てるきっかけになったのが俺なんだがな。
鉄二は自嘲した。たまらなくおかしい。あれほど馬鹿にし、憎しみにも近い嫌悪感を抱いていたこの村の神。それに救われただなんて、そんな皮肉な話があるだろうか。
だが事実、鉄二は生きている。どれだけ都合のいい解釈を持ったとしても、目の前に福の神がいることは動かしがたい現実なのだ。
「だったら、この村にはまだ神がいるってことか? ……どっちもいいが」
鉄二は感謝すべきか迷った。神仏に祈る習慣はとうの昔に捨て去った。今さら都合よく救ってくださった感謝にと拝む気にはなれない。
むしろ、『お前がいて、なぜこうなった』という怒りのほうが強い。
「……ん?」
どのくらい神像を見つめていただろうか。
鉄二はふと神像の顔がそのままなのに気が付いた。それ自体はなんらおかしいことはないが、この村に限っては違和感が大きい。
あきらかにおかしいことだと思った。
「死者の顔をくり抜き、顔のない地蔵に嵌め込む……この神社にある地蔵もみんな顔がない。なのに、なんでこれだけは顔があるんだ」
思えば福の神に顔があるかどうかなんて考えたことがなかった。
鉄二は神仏の類には特段詳しくなく、目の前の神像がなんなのか全くわからない。
だが女性か男性かわからない中性的な顔つきと鋭い爪がアンバランスな印象だった。
普通、こういった神仏の像が爪や武器の類を持っていることということがあるのだろうか。
そんな疑問がよぎった時、鉄二の頭にひとつのあり得ない可能性が浮かんだ。
――もしもこれが、神社や神仏などになんの関係のない人間が自分の想像だけで彫ったものだとしたら。
鉄二の背にこれまで味わったことのない怖気が襲った。悪寒の類ではなく、すぐそばで悪意を持って真っ赤に充血した目で睨まれているような、捕食される側としての恐怖。
鉄二の想像が当たっているとすれば、それはすなわち『仏教或いは神道に全く無縁の者が、悪意をもって故意にありもしない神をでっちあげ、何も知らない村人が長年それを祀り、崇めていた』ということになる。
そうなるとそもそも【夜葬】そのものが、【どんぶりさん】や【地蔵還り】を作り上げたのではないか。
神の知らぬところで、偶像のでたらめな神を創ったことで罰がくだった。その罰は、【夜葬】という荒唐無稽な信仰行事により発動する。つまり、【夜葬】そのものが村を呪う行為。
鉄二は思った。
ありもしない信仰が土地に長く根付いたために、この村全体が【夜葬】の呪いにかかっている。だから、【夜葬】をやめれば村人は次第に不安に押しつぶされそうになり、なにかと建前をでっちあげ、【夜葬】の復活に動く。
御変り病という聞いたことのない病もそうだ。これ自体もありもしない病だとすれば、船乗りだけが死んでいくのもうなずける。つまり、御変り病で死んだ連中は病で死んだのではなく、自殺だ。思い込みによる催眠自殺。
だがそんなことが可能なのか?
鉄二の拙い考察では到底説明がつかなかった。
――まて。だとすれば、敬介は誰だ。俺の想像が正しいと仮定すれば……。
【神像を創り、福の神と夜葬を創った者】
そういえば、昔。
鉄二の父・元が村に住み始めた頃に、鈍振地蔵を見てつぶやいていたことがあった。
「この信仰はなんだかあべこべだな。地蔵は本来そういう祀り方はしないだろう」
子供の鉄二には意味がよくわからなかったし、元自身もこのつぶやきに特別な意味を込めたつもりもなかっただろう。
だがこの状況で元のなんでもないつぶやきがよみがえり、突然降ってわいた閃きに近い仮説。それらが偶然やたまたまだとはとても思えなかった。
――ひとりの人間が創りあげた、呪いの信仰。
敬介の顔が頭をよぎる。
地蔵還りになってしまった美郷や実久、得体の知れない化け物になったゆゆ。
なにもかも、【夜葬】が作り上げた。自分が廃れさせた【夜葬】が、自分の意思とは関係なく、大きな力で復活しようとしている。
それも、多くの子供の生き血と引き換えに。
「……ッ!」
唐突に神像と目が合った。
「うわあああ!」
恐ろしい。
すべてが。
この村の人間が。
この村の信仰が。
この村の土地が。
どんぶりさんが。
地蔵還りが。
神像が。
ノミが。
福の神が。
夜葬が。
敬介〈墓守〉が。
ぐにゃり、と空間が歪んだ気がした。
外に飛び出した鉄二は、自分の目がおかしくなったのかと立ち止まり、空を見上げた。
朝だと思っていたはずなのに、空は黄色くなっている。あくびをしている間にも熟れた柿の如く鮮やかな橙色になろうとしていた。
――また、夜がくる。
「いやだ……! もうこんな村に一秒でもいたくない!」
鉄二は土を蹴り、転げ落ちるような速度で階段を降りた。
そして、村の人間が誰もいない道を選び駆け抜けた。
「【夜葬】をもう一度復活させるだと? 馬鹿なことをいいやがって! 悪魔どもめ」
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