【夜葬】 病の章 -22-
「【地蔵還り】を捕まえて、【夜葬】をちゃんとやらにゃあならん」
みんなが集まった屋敷で船頭が杖の先を床に叩き、いつもよりも低い声で言った。
普段の会合なら、船頭の言う言葉に不満を言うものなどはいなかったが、この時は違った。
船頭の発言に対して、ざわつき、ひそひそと誰もが隣同士と話し込む。
「滅多にあることじゃあないからのう。平静を失うのも無理はない。じゃが、ことが起こっておる以上、のんびりもしておられん。早く手を打たんことには船家の夫婦も浮かばれん」
「せ、船頭さん! 船家のおいちゃんらがやられたって言うておったが……ありゃあ、事故とかじゃないのかい! いくらなんでも【地蔵還り】だなんて……」
「岸松、信じたくないのは分かる。だがあれは事故なんかじゃない。わしも二人の亡骸を見たが、ひどいもんだった。お前たちもややこの頃から聞かされてるじゃろう。『地蔵還りは舟を壊す』。顔をほじくれんようにな、二人ともここから上を切り離されとった」
そう言って船頭は自らの鼻梁に指をあて、頬から上のことを指した。
つまり、船家の夫婦は二人とも顔を横真半分に切り離されているというのだ。
そうすることで、【夜葬】に必要である魂……顔を取り出す行為ができなくなる。
「あの話に割り入ってすみません。余所者だもんで教えて欲しいのですが、その……【地蔵還り】ってのは【どんぶりさん】とは違うんですか」
「あんたこんな時に何言ってんだ!」
誰かが怒声を上げたが、船頭がそれを制した上で答える。
「そうか、そうじゃの。黒川さん、今は緊迫しておるで詳しくは話せないが……。至極簡単に言えば、【地蔵還り】は『魂を返していない骸』じゃ。【どんぶりさん】は夜通し見張っていなくては勝手に起き上がり、一人で出歩く人間を捕まえては顔を抜き、返す魂を増やそうとする。【どんぶりさん】が生きている人間の顔をほじくればその【どんぶりさん】は役目を終えて骸になるが、新しく顔をほじくられた【どんぶりさん】はまた起き上がり次の【どんぶりさん】を作ろうと彷徨う。これは二九人に達するまで終わらん。
じゃが【地蔵還り】は違う。【どんぶりさん】になれなかった……【夜葬】をされずに死んだ屍は、単純に生きているものを恨む。そして、『魂を返せなかった』という絶望だけを背負い、生きている者を『どんぶりさんにすらさせないように殺す』。それはつまり、成仏させないということじゃ。謂わば生ける憎しみの塊。
それに【地蔵還り】は、【どんぶりさん】のように次の【どんぶりさん】に襷掛けはせん。あくまで【地蔵還り】は一人で『成仏させない骸』を増やしていくんじゃ。よってこの村では【地蔵還り】が最も恐ろしいものとして言い伝えられておる」
誰も船頭の話に聞き入りながら無言になった。
だがその中で一人、無言ではあるものの他の者たちと無言である理由が違う人間がいた。
黒川元である。
「【どんぶりさん】と【地蔵還り】の違いは分かりました。……だが、船頭さん。その話を鵜呑みにすればつまりその、『死人が起き上がり人を殺す』ということですか」
「うむ。その通りじゃ」
「その通り……って、そんなバカバカしい! いくら村の言い伝えだからといって、死者が生き返ったりするわけないじゃないか! そんなことよりも美郷……と副嗣を捜す方が先決じゃありませんか? 船家さんところは気の毒ですが、そんなありもしない【地蔵還り】が犯人じゃなくって、誰か危険人物にやられたんですよ! そうだ、生きている人間の仕業ですって!」
「【地蔵還り】がありもしないだと! なに言ってるんだお前!」
「お前こそなにを言ってんだ! 死んだ人間が生きている人間を殺すなんて有り得ない!」
吉蔵の怒号に、負けじと元も張り合った。
確実にこの場で浮いているのは元の方だったが、美郷を心配するあまり彼自身も自分を見失っていたのだ。
「余所者だから信じられないのはしょうがない。それが分かっていてもな、お前の言ったことは見過ごせるもんじゃないぞ」
船坂が珍しく元に対して強い言葉を口にした。
「見過ごせない? だったらどうする。この村から俺と鉄二を追い出すのか」
「そうじゃない。俺たちが『何に恐れている』のか、はっきりとその目で見ろ」
そう言って船坂は元の胸ぐらを掴み上げ、そのまま真っすぐに押してゆく。
「やめてよゆゆのおっちゃん! 父ちゃんが悪かったから、やめてあげて!」
涙ながらに鉄二が足にしがみつくが、普段から農仕事に大工仕事など、力仕事を担ってきた船坂の力強さを止めることはできない。
だが船坂はそんな鉄二をちらりとだけ目をくばせると、「大丈夫だ。心配すんな」と言った。
「くそ、離せ船坂! お前は分かると思っていたのに……」
「俺もおんなじだ黒川。物知りで頭の良いお前なら分かるはずだ。『あれを実際に見れば』、な」
元を土間まで押し進め、腰に縄をくくりつけた。
「なにするつもりだ船坂!」
村の男が叫び、船坂を止めに入ろうとする。
「大丈夫じゃ。見ておれ」
しかし船頭が船坂の思惑を見透かしているかのように、止めようとする村の男を制した。
「いいか、『あれが現れたら』この縄を引け。すぐに中に引き戻してやる」
「俺を外に出そうというのか? そんなことしたら殺されちまうだろ!」
「ああ、だから縄をくくりつけているだろう。それにお前が言うようにもし『生きている人間』なら、わざわざ大勢の人間がいるこんなところに寄り付かない。お前の安全は俺が保証してやるから、出ろ」
元は少しの間、船坂の目を見つめた。
その瞳から彼が本気だと分かり、元は自ら戸に手をかけた。
「……村のみんなには悪いが、きっと思っているようにならない。死人がうろつくなんてな」
戸を開けると、外は闇そのものだった。
闇に一歩、足を踏み入れ、さらに踏み進める。
「閉めるぞ」
「ああ」
縄一本を命綱にして、元は夜に取り残された。
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