【夜葬】 病の章 -76-
「冗談じゃない! 杉山さんを家族に返す前に、ここで弔う? そんな話がありますか!」
村井が喚いた。
内容については、田中も河中も葛城だって承知だ。異論はない。
だが現実問題として、杉山の遺体を持って山を下りるのは不可能に近い。
村の者たちが協力してくれれば人手の面でクリアできるものの、この村の者たちが杉山の死体をわざわざ運んでくれるとは到底思えなかった。
そして、実際に村の者である敬介もそれは無理だと言った。
「運べないから全然知らない、こんな辺鄙な村で弔い、そして埋葬する? そんなのあんまりですよ! 杉山さんをなんだと思っているんですか!」
「落ち着けよ村井。お前の言っていることも最もだが、無理なものは無理なんだ。だったらお前がずっとおぶって下りるか? ここまで来るのにどれだけ苦労したのか、忘れたわけじゃないだろう」
でも……と村井は呻いたが、そこから先の言葉は待ってもでない。
夜は暗い。特に鈍振村の夜は漆黒の闇だ。
近しい人間の身近な死と、それを彩るように黒に塗りつぶされた夜の闇。
これらが村井や葛城たちの判断を鈍らせた。
「……丁重に葬ってやってくれ」
つぶやくように言った葛城の結論に、村井達は閉口したまま固まっていた。
それは無言の協調でもあった。
「そうと決まれば、早い方がいい。本来なら夜葬は村の者が死んだ時にやるものだけれど、例外的に『村で死んだ者』も許されている。きっと、ほかの者たちも手を貸してくれるだろう。あとは僕に任せてください」
「ああ……たのむ」
散々、傲慢な態度と聞くに堪えない悪態を見せつけた葛城も疲労からすっかりしおらしくなった。
仕事仲間の死。それは紛れもなく自分の責任でもある。そして、カメラも壊れてしまった。中のテープが無事ならば不幸中の幸いではあるが、それの判断もできない。
「では、僕は杉山さんを葬送(おく)る準備をしてきます。みなさんは心身ともにお疲れでしょうし、僕の家でこのままお休みください。夜葬の準備ができ次第、報告しに来ます」
そう言って敬介は手際よく、身支度を済ませると村人を呼びに行くと言って出て行ってしまった。
「……葛城さん。夜葬、取材するんですか」
「当たり前だ。そうしないと杉山はただの無駄死にになっちまう。せめて、この死を役に立ててやんないと浮かばれねえよ」
そうだよな、杉山。と葛城は物言わぬ杉山にそう話しかけた。
「ところで、『夜葬』って一体どんな葬送風習なんですか」
杉山の死のショックで閉口していたままだった河中が少し落ち着いたのか、葛城に訊ねる。
葛城はぼりぼりと汗ばみ、じめついた頭を掻くとそれなあ、と話した。
「黒川元からの投書では肝心なところがぼかしてあったんだよ。書いてあったのは、血を混ぜ込んだ赤い飯と親族で食べ分ける、みたいなことだ」
「血? それじゃあ杉山さんの遺体を傷つけるってことですか」
「まあ、死人だしな。そこは仕方がないだろう。そもそもこの村では神聖なことであって、悪意あってのものじゃない。なに、どうせ手や足を傷つけるくらいだろう。それよりも不気味なのは、この村の神社に顔のない地蔵が祀ってあるって話だ。『夜葬』はこの地蔵にも深く関係している、みたいなことが書いてあったな」
「顔のない地蔵? また悪趣味なものですね。曲がりなりにも観音様ですよ」
知らねえよ、とぶっきらぼうに言い放つと、肩の荷が下りたとでも言わんばかりに葛城は畳の上にどっかと腰を下ろした。
「まったく、ツイてねえな。死ぬなんてよ。俺も、杉山も……」
火を点けたタバコの煙を深く吸い込み、焚火の燻ぶった煙のようにゆっくりとそれを吐き出す。
くゆる煙を眺めながら、葛城は物思いに耽るようだった。
「しかし、宇賀神さんは内容を知っているのでは」
「ああ。けど、奴は面白がってそれを俺に教えなかった。『村についてから村人から聞け。そのほうが面白いから』ってな」
「そういえば、その宇賀神さんは?」
「さあな。どっかの家で閉じこもっているよ。空き家にいるのか、誰か村人の家にいるのか知らねえが」
河中が宇賀神に言及しようと口を開きかけた時だった。
カツーン……、カツーン……
なにかを叩く、甲高い音が連続して響いた。
その場にいた4人はほぼ同時に音がした方向に、反射的に振り向く。
「なんだ? こんな夜中に」
「きっと『夜葬』の準備ですよ。きっと、なにか必要なものを作っているんじゃないですか」
河中の推察に一同は無言でうなずく。
今夜はこの音を杉山の追悼にしよう、と誰もが自然に思った。
目をつむり、手を合わせる。
甲高い音は、杉山の魂を鎮める経のように繰り返し鳴り続けた。
そうして、どのくらい時間が経っただろうか。
田中が腕時計を見る。
「……もう2時間くらい経っていますね」
時刻は21時を大きく過ぎ、まもなく22分になるところだ。
全員の溜め息が夜の長さを語る。杉山が死んで、弔う準備をしてもらっているというのに眠るわけにはいかない。それに『夜葬』は、通夜ではなく夜に行う葬儀である。
村の者がどれほど来てくれるつもりかはわからないが、おそらく今夜は徹夜確実だ。
各人の胸に長い夜へ身構える決意が固まろうとしていたその時、不意に玄関の戸が開いた。
「やあ、みなさん。おまたせ。夜葬の準備ができたよ」
敬介が告げる。
4人は敬介に従い、禁忌たる闇夜を歩いた。
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