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【連載】めろん。98

公開日: : 最終更新日:2021/07/06 めろん。, ショート連載, 著作 , ,






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・破天荒 32歳 フリーライター㉓




 燃え盛る家は大きな火柱を立たせていた。




 まるで神の怒りに触れたかのような、激しい炎に包まれている。




 誰よりも早く、私はここへ辿り着いた――が、時すでに遅し……。




 すでに家はこんな状態だった。




 このまま飛び込もうかと一度は覚悟を決めたが、近寄るだけで肌を焦がしそうな熱風に拒まれた。精神力や気合だけではどうにもできない、本能が炎を拒絶している。




 結果、私は燃え盛る家の前で呆然とただ立ち尽くすしかなかった。




 坂口が目の前で死に、そして檸檬と理沙は焼き殺された。広志もいない。




 どうして自分だけがみじめに生き残ってしまったのだろうか。




「えほっ!」




 急に苦しくなって咳き込んだ。烈しい咳で過呼吸になりながら、酸欠の頭で気づく。無意識に息をしていなかったのだと。




 みんな、みんな死んでしまった。




 きっと広志も両間に捕まり、無惨に殺されてしまったに違いない。




 希望などありはしなかった。目の前の絶望に呑み込まれそうになっていた。どうすればよかったのか、なにが正解だったのか、わからない。




 ただ成り行きに身を任せ、無力な自分に苛立ちを募らせた。私も役に立ちたい。私にもなにかできるはず。そのすべてが思い込みだった。




 やがて人だかりができ、あっという間に私は埋もれてしまった。住人たちはみんな、ここに捜し人が紛れ込んでいるとは思いもしないらしい。




 誰かが気付いて、私を拘束することを願った。もう、なにもかも考えられない。考えるのも面倒だ。ただただ、眠ってしまいたかった。




 鬼子村の惨劇を繰り返そうとしている。この火事……放火は、子殺しの最たるものだ。坂口はまさにこのことを言っていた。彼ら(両間たち)はめろんの元凶たる鬼子をすべて焼き殺そうとしている。




 鬼子の血縁をここへ集め、然るべき時が来たら子供を焼くつもりだったのだ。そして、その然るべき時はいままさにやってきた。その最初の見せしめが、侵入者である檸檬、理沙だ。ここからきっとこの村で大殺戮がはじまる。まず大人が子供を殺し、つぎに大人同士で殺し合う。




 そうやって鬼子の血縁を根絶やしにするのだ。




「はは……あはは……」




 だがそんなこと、いまさらわかったって仕方がない。なにもかも手遅れなのだ。ひとり残された私がここから脱出することも不可能だし、そんな気力も沸き上がらない。




 ゴウゴウと威圧するような炎の音が自我を奪っていく。




 意識が遠のいていく……目の前が暗く……




 やがてぶつりと視界が暗くなった。




 目が覚ますと視界は暗かった。




 パチパチと木材が焦げてヒビが入る音も、べとつく熱風もない。それどこか音もなく、やけに静かだ。




 体を起こすと布団に寝ていたことに気づいた。




「……ここは」




 暗いがぼんやりと周りが見える。家具があるのでどこかの部屋のようだ。……いや、檸檬たちが待つ家の内部と同じだ。




「檸檬! 理沙!」




 すべて夢だった!




 燃える家も、坂口が死んだのも、全部幻だったのだ。そうでなければ見覚えのある部屋で目覚めることなどあるはずがない。




「あー……起きましたか」




 知らない男の声に肩を震わせた。




 振り返るとひょろりとした姿の男が部屋のドアを開けたところだった。暗くて顔まではよく見えないが、物腰から初老の年齢だとわかった。




「メールでお顔を見た時に綾田さんの知り合いだと直感しましてねぇ。えー……お具合はいかがでしょうか」




「綾田……知ってるんですか!」




「あー……そうですね、知っています。一度しかお会いしてないので親しいとは言い難いですが」




「彼は今どこなんですか!」




「うー……申し訳ない……。私にはそこまではちょっと」




 男はそう言ってすまなさそうに頭を掻いた。




「あの、あなたは……?」




「えー……私は弘原海と申します。高知県警で勤めておりました」




「弘原海……さん? 警察のかたですか」




「ええ、〝元〟ですが」




 弘原海は部屋を明るくするとコップに入れた水を持ってきてくれた。それまではなにも感じていなかったのに、汗を掻くコップの表面を見た瞬間、烈しい喉の渇きに襲われた。




「どうぞ。随分と寝汗を掻かれていたので喉が渇いたでしょう」




 一礼だけして、つぶさんばかりにコップを両手で握って飲み干した。恥ずかしいくらいにごきゅ、ごきゅ、と喉が鳴った。




「えー……おかわり、お持ちいたしましょうか?」




「いいえ、ありがとうございます。生き返りました。あの……家は……」




 祈るような気持ちで訊ねた。




 せめて炎に包まれたあの出来事だけでも夢であってほしい。だが弘原海は無言で首を横に振った。




「そんな……」




 意識を失う前に味わった絶望がふたたび押し寄せてくる。あの火事が事実だったらなら、やはり檸檬たちは焼け死んだのだろうか。




「お気を落とさないでください。中から死体が出てきたという話はまだでておりません」




「ほんとに? 本当ですか!」




 弘原海は困ったような表情を浮かべた。




「今のところは……です。ですが希望は捨てちゃいけません。綾田さんだってどこかでがんばっているはずですから」




「広志……いえ、綾田と会ったと言っていましたよね。話を聞かせてもらえませんか……」




 弘原海は昨日、広志と会った時のことを話してくれた。










めろん。99へつづく

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