【連載】めろん。97
・綾田広志 38歳 刑事㊲
「死んだ? お前のくだらないジョークにはもう飽き飽きだ。そんなわけがない」
「そんなわけがない? どうしてそう思うんだい」
「その軽口のせいだ。わかってるんだろ」
「バカだねえ綾田ちゃん。前にも言った気するけど、フランクにお喋りしていてもボクは基本的にジョークは言っても嘘は言わないんだよね」
「ジョークの嘘はジョークの範囲とでも言って――」
「綾田ちゃん」
ほんのすこし、両間の声のトーンが低くなった。
空気が変わったのを感じ、両間の顔を見る。無表情だった。いつものにやけ面ではない、なんの感情も読み取れない冷徹な表情。これがこの男の本来の顔なのだと、直感的に察した。
「ボクは嘘を吐かない。アンダスタン?」
「…………なぜだ。なぜ坂口は死んだ」
両間の顔が元に戻る。ヘラヘラと気の抜けた顔で「不測の事態だったわけだね」と笑った。
「ここはとにかく人手が足りてなくてねぇ。町の人間の何人かに協力してもらっているんだよ。特別監視員という立場を設けてね。蛙子ちゃんだっけ? あの子の居場所がわからないってことでめろんちゃんたち全員にメールを送ったんだ。この子を捜してますってね」
そのメールとは別に、特別監視員を任命された住人にはさらに踏み込んだ内容の指示メールが来るらしい。そこには坂口の情報があった。蛙子とともにこの男も捜せ、と。
「それでどうして奴が死ぬことになる!」
両間はやれやれといった感じで手を広げた。
「わからないよ。メールには捜せ、とは指示したけど殺せとは書いてない。思うに、なんらかの不幸があったのだと思う」
「不幸だと? 坂口はどうやって死んだんだ」
「ピストルで撃たれて死んだんだ」
「ピストル? なぜ一般人がそんなもの――」
「特別監視員だからだよ。町内でなにかトラブルがあったとき、緊急的に使用を許している。言ったろ? こっちは慢性的な人手不足でね。24時間の監視体制ができていない以上、ある程度の自治は任せるしかない」
「冗談じゃない! なにが不幸だ、事件じゃないか!」
「興奮するなよ綾田ちゃん。坂口くんが死んだのはこっちとしても痛手だ。それに言った通り、ピストルは緊急時に使用することを厳命していた。それを使ったということは坂口くんと撃った人間との間になんらかがあったとしか考えられない」
「だったらそいつに話を聞かせろ、生きてるんだろう!」
「生きてるがね、今はだめだ。満身創痍の坂口くんに反撃されたらしくってね、命に別状はないが重体だ」
「一体……ッ!」
激情のまま汚い言葉で罵ってやろうかと思った時、檸檬が握る裾に力がこもった。
寸前で思いとどまれたのはそのおかげだった。
「言いたいことが山ほどあるっていうのはわかるよ。まあ、それはそれとして……今は蛙子ちゃんを捜すことが先決だね。坂口くんの一件もあるし、見つかれば無事で済まないかもしれない」
「だったら捜索の中止をしろ! 蛙子の安全を担保したうえで捜せ!」
「だ~~か~~らぁ~~……なんべん言わせるのさぁ、綾田ちゃん。こっちは人手がないの! 人捜しに割く人員はね、申し訳ないけどないわけ」
「ならあいつを連れてこなくていい。それなら捜す必要はないはずだ」
檸檬の頭を抱く。小さく震えているのがわかった。
「おじさん……だめ……蛙子ちゃん、私たちがいないこと知らないから……」
家に行って檸檬たちがいないことを知った蛙子は、姉妹を捜すだろう。それはもう我が身を犠牲にしてでも。そうなった時、あいつがなにをしでかすかわからない。
問題は蛙子が暴れたり無茶をすることじゃない。それによって住人が激高し、蛙子が――
「俺が行く。行かせてくれ」
檸檬が見上げ、両間が目を丸くした。
「バカだな! そんなことできるわけない!」
「お前たちは人手がなく、住人たちで人海戦術をとるほかない。だったら中止の指示をだして俺が捜しに行けばいいだろう。現状、俺がすぐお前の役に立つということはないはずだ。ならば俺ひとり、蛙子を捜しに行ったところで問題はない」
「おじさん!」
「大丈夫だ檸檬。蛙子のことなら誰よりも俺がわかる。見つけられるよ」
「でも……おじさんも蛙子ちゃんもいなくなっちゃったら……」
俺の服を強く握る檸檬の手を握り、優しく離すとしゃがんで檸檬と目を合わせる。小さな瞳からはぼろぼろと大粒の涙が落ちていた。
娘の明日佳と重なり、危うく俺まで泣きそうになってしまう。ここで俺が泣いたら余計に檸檬を不安にさせる。ツンとくる鼻の奥に耐え、俺は彼女の不安にまっすぐ向き合った。
「檸檬、蛙子は俺にとって大事な人だ。蛙子もそう思っている。きっと今頃、助けてほしいと思っているはずだ。だから……俺が行かなきゃならない」
さらに檸檬は涙をこぼし、嗚咽に声を漏らしながら懸命に俺の目を見つめた。必死に自分を言い聞かせようとしている葛藤が見える。
この子は強い子だ。
「指切りしよう。俺は帰ってくる」
「蛙子ちゃんと一緒に?」
「ああ、約束だ」
檸檬は震える手を差し出し、その先端は小指だけが立っている。
それに応えて、俺は自分の小指を結んだ。
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