【連載】めろん。96
・綾田広志 38歳 刑事㊱
この部屋にひとりだけ取り残され、どのくらいの時間が経ったのだろう。
嵌め殺しの窓の外はすっかり暗い。
緊縛からは解き放たれたが、俺が理沙と檸檬の安全をまず前提としたため部屋に閉じ込められたままだった。両間は渋々だが条件を呑み、ここへ星野姉妹を連れてくると約束し出ていったきりだ。
空の沈み方と体感で大体21時から22時ころだろうか。
睡魔に襲われ緊張も途切れそうになった時、部屋の外から物音が近づいてくる。
それが複数の足跡だとわかったのと同時に鍵穴に鍵を差し込む音が響いた。
「おまたせ~綾田ちゃん」
両間の陽気な声が眠い頭に障る。
後ろからぞろぞろと数人が現れ、両間に続いて入室した。
「いやあ、参ったね。君を喜ばしてやろうと思って、彼女も探したんだけどねえ。生憎見つけられなかったよ」
「彼女? 檸檬のことか」
両間は肩をすくめ、にやけた顔のままうしろの部下になにか合図をした。
「ほら、こっちにこい」
黒スーツの部下に押されて、小さな影がひとつ飛びだした。
その姿を見て思わず声を上げる。
「檸檬!」
「広志おじさん!」
檸檬は俺の姿を認めた途端、涙をいっぱいに溜め飛び込んできた。
それを受け止め、檸檬を抱きしめる。檸檬は小刻みに震えていた……よほど怖い思いをしたのだろう。
「檸檬になにもしてないだろうな」
「おいお~い、綾田ちゃん。それはちょっとひどいんじゃないの? ここへ連れてきただけでも僕の親愛の証だと思ってほしいのに、ありがとうもなしで『なにもしてないだろうな』はないだろう」
ペチャクチャとうるさい口で囀る両間を無言で睨みつける。
不快そうに口角を歪め、溜め息を吐くと
「……なにもしてないよ。嘘だと思うならその子に直接聞くがいい」
その言葉を受け、檸檬を見つめた。檸檬は小さく首を横に振る。
「本当か?」
「うん」
「理沙はどうした」
問うと檸檬は不安そうな面持ちで両間に振り返る。
「こっちで預かってる。言ったろ? もちろん、乱暴な真似もしていないよん」
檸檬を見ると小さくうなずいた。
「やんなっちゃうね、こっちの苦労も労わずそんなちっこい女の子の言うことだけ信用しちゃうなんて。実はそっちの気もあるんじゃないの~綾田ちゃん」
「黙れ。なぜお前に礼をいう筋合いがある。そもそもこれが条件だ」
ふん、と口を尖らせるが素振りをよそに機嫌を損なったようには見えない。これも結局ポーズ、すべてわざとらしいパフォーマンスに他ならないのだ。
それがわかっているから余計に癇に障る。
「……蛙子? 檸檬、蛙子は」
檸檬は溜めた涙をぼろぼろと床に落としながら首を横に振った。
「蛙子ちゃんは……おじさんを捜しに行っちゃった」
「おじさんって、俺か?」
檸檬はうなずく。
「捜しに行ったって、まさか街にでたのか!」
檸檬の肩がびくんと、跳ねた。
「すまない、つい大きな声を……」
「綾田ちゃ~ん、だから言ったろ? 彼女だけ見つからなかったって」
その声に両間を見る。おおこわっ、と両間はおどけてみせる。
「ずいぶんと探したんだ。なかなかみつからなくてね」
「カメラがあるんじゃないのか」
「カメラがあるからだよ」
「どういうことだ。だったら檸檬たちは坂口の研究室にいたはず」
両間は呆れたようにかぶりを振った。
「ノンノン、なにも知らないんだねえ綾田ちゃんは」
両間はどっか、と椅子に腰を下ろすと背もたれに体を預け、椅子の前足を浮かせる。
プラプラと片足を揺らし、おかしそうに笑った。
「どうしたわけか、坂口くんと一緒に町にでたみたいだねえ。彼女とこそこそと話したあと、姉妹を連れてなんと4人で町にでた。マイクを警戒して会話の内容まではわからないけど、おそらく君を探すためみたいだよ」
「なに……? 本当なのか檸檬」
檸檬は注意していないと見落としてしまうくらい、かすかにうなずく。
「坂口って人が町のことに詳しいからって……。理沙を助けるために、みんなで合流して……そのためにはおじさんが……」
「どうしてだ! 危険だと知っていただろう? だから俺がひとりでここへやってきたのに!」
「ごめんなさい……でも、蛙子ちゃんと坂口さんがおじさんに伝えないといけないことがあるって……」
「なんだと? それは一体なんだ」
檸檬はかぶりを振る。そこまではわからないと言った。
「綾田ちゃーん、その子と妹ちゃん、どこで見つけたと思う? 町の民家のひとつなんだぜえ。姉妹だけがそこにいて、綾田ちゃんの彼女も坂口くんもいなかった」
「どういうことだ」
「そういうことさ~。つまり、いなかった。外がどれだけ危険かって知ってたはずなのにね」
「坂口さんが『俺がいれば大丈夫だ』って言ってた……」
申し訳なさそうに檸檬が話した。
なるほど、坂口がいれば蛙子は大丈夫かもしれない。いけ好かないやつだが、確かにここのことは誰より詳しいだろうし、性格はあれでも女を置き去りにしたりはしないはずだ。
気の置けないやつだが、その辺の信用はある。だがそこまでして俺に伝えたいこととはなんだ。
「だったら蛙子のことは坂口に任せておけばいいな……」
「いやあ、綾田ちゃ~ん。それがそうもいかないんだよねえ」
「なんの話だ」
「とぉっても残念なお知らせなんだけど、坂口くんねえ……死んじゃったんだよ」
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