【夜葬】 病の章 -80-
時は、僅かに遡ること半日前。
葛城が赩飯の握り飯を美味そうに食う宇賀神を見た直後である。
「バカな……! そんな、バカな!」
足をもつれさせ、葛城は来た道を戻った。
暗い村ではろくに数メートル先も闇に紛れて見えないが、葛城は勘に頼ってひたすら走った。緊迫感がそうさせたのか、葛城の勘は正しかったようだ。
その証拠に、杉山を背負う河中らとばったり出くわしたのだった。
「葛城さん! あんたって人は、僕たち置いて逃げようとしたな!」
「ち、違うんだ! お……俺は気が動転して、それより! 聞け!」
葛城は河中らに今自分が見てきたものを話した。
クルーらは黙って聞いていた。だがそれは冷静だったのではない。あまりにも常軌を逸した、不気味な状況に言葉を失っていたのだ。
「う……宇賀神さんが? 奴らとグルだったっていうんですか」
「わからない。だが、宇賀神がマトモでなかったことだけは確かだ。でなければ、あんな……」
ボトリ、という音に葛城が目をやると、地面にご飯の塊が落ちていた。
暗闇で色はわからないが、それがなんなのかわかりきっている。
咄嗟に河中を見上げると、背中に背負った杉山がぼっかりと大きく開いた顔面の穴の奥から葛城を見つめている。
「い、ひぃっ!」
「やめてください! 杉山を怖がるのは!」
「そ、そんなこと言ったって……」
やかましい悲鳴を上げなかっただけまだマシだと思いながら、河中は「一緒に行きますか」と訊ねた。
「おい、河中! もう放って置こうぜこんな薄情者……!」
村井が河中に言った。
田中も無言でうなずき、村井の意見に賛同する意思を見せる。
河中は少しの間、黙って葛城を睨んだ。
「す、すまない。悪いと思っている! でもわかるだろう、その杉山の姿……。そんな非道なことを平然とやってのける異常者どもの棲み処になんて一秒でも長居したくない。今だってそうだ、すぐにここから出ていきたい」
「…………わかりますが、それでもあんたはぼくたちの上司だし、テレビマンの指針だったはずです。それがこんな情けない……。杉山だって泣いてますよ」
泣くもなにも、そいつに目なんかないじゃないか。
その言葉が喉まで上がったが、葛城はなんとか堪えた。これ以上、河中らを刺激するのは得策ではない。
それにたったひとりでこの闇の中がむしゃらに走る続けることを考えると、やはり一緒に行動したほうがいいに決まっている。
次から次へと襲い来る衝撃で、彼は本能的に落ち着きを取り戻してきていた。
「杉山を本当に麓まで担いで行くつもりか」
「杉山だけひとり、置いて行くわけにはいかないでしょう。こいつも僕たちの仲間です。葛城さんはそう思っていないのですか」
思っているわけがない。なぜならそいつはどんぶりさんという名の気味の悪い死体だ。息もしてなければ喋りもしない。それがここにあるだけでやつらに見張られている気がする。
「思っているさ。杉山は仲間だ!」
心の中のつぶやきを噛みしめながら、葛城はそれとは真逆の返事をした。
部下だと言っても、この状況では多勢に無勢。分があるのは河中たちのほうだ。気に障るようなことは言わないに限る。
「と、とにかく……早くこの村から出よう」
「だめです。まだここからは出ません」
「なっ! なにを言っているんだ! 確かに夜の山道は危険かもしれないが、夜が明けるまで待つことのほうが危ない! すぐに逃げるんだよ!」
「僕の言うことがきけないならおひとりでどうぞ。無理に引き留める気はありません」
「ま、待て! そういうことじゃない! 俺が言いたいのは、一体なんのために残ると言っているんだ、ということだ!」
「杉山の顔を探します」
「なっ……!」
葛城は絶句した。冗談で言っているのかと河中の顔を見るが、冗談を言っているような雰囲気ではない。それは一緒にいた村井や田中もまた同じだった。
「そ、それこそどこにあるかなんてわからない! 探しているうちに夜が明けてしまう!」
「大丈夫です。葛城さん。黒川さんが教えてくれたんですよ。杉山の魂は、この村の奥にある神社にあるって」
「黒川? まだあんなやつを信用するっていうのか」
「当たり前じゃないですか。少なくともこの村の人たちは杉山に害意があったわけじゃない。この村のしきたりに従い、丁重に葬ってくれただけです。だけど、僕たちがそれを納得するわけにはいかなかった。死体とはいえ、杉山の顔をくり抜くなんてこと許しちゃいけない。でも、彼らを責められないでしょう。黒川さんは嘘をついていたわけでもない」
「ちょっと待て、なにを言っている? あんな……こんな非道なことを平気でやってのけるやつらを……」
「うるさいですよ、葛城さん。行くんですか、行かないんですか」
「う…………」
それ以上の反論の言葉を葛城は失ってしまった。
目の前の、顔に穴の空いた死体を背負う河中が、まるで知らない人間のように見える。
この男は、本当に自分と一緒にこの村に来た、生意気なクルーのひとりなのか。本当に、よく知っている俺の部下なのか?
葛城はわからなくなった。
だが、ここで河中らと決別する。という選択肢だけは存在していなかった。
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