*

【夜葬】 病の章 -9-

公開日: : 最終更新日:2016/12/27 ショート連載, 夜葬 病の章

 

-8-はこちら

 

 

 

着物の尻をぐっしょりと濡らした鉄二を抱きかかえ、女性は風呂場へと向かった。

 

 

怖いやら、申し訳ないやら、恥ずかしいやら、といった感情をごった煮にした鉄二は額に頬の温もりを感じるほどの距離に居ながら、顔を上げることができなかった。

 

 

「ごめんねぇ、坊や。せっかく私のこと捜しに来てくれたのに、驚かせちゃって」

 

 

「……おばちゃん、【どんぶりさん】のごはん、食べてたの?」

 

 

「ええ。あれがこの村の古くからの風習なの。ほら、仏飯器でお供えしたご飯も食べることが供養になるでしょう? 考え方は其れと同じなのだけれど、やっぱり気持ち悪かった?」

 

 

「うん……。びっくりした」

 

 

「そうよねぇ、ごめんねぇ」

 

 

申し訳なさそうに笑う女性。

 

 

大好きな人を困らせてしまったという幼い良心が揺れる。

 

 

「僕な、黒川鉄二って名前」

 

 

その幼い良心の呵責の逃げどころを弁えているはずもない鉄二が、彼なりにたどり着いた答えが其れだった。

 

 

話題を変えたいが気まずさから何を話せばいいのか分からない鉄二の、無意識に出た言葉。

 

 

「鉄二、じゃあ『てっちゃん』ね。いい名前。坊やにぴったりだわぁ」

 

 

嬉しそうに笑う雰囲気を感じ取り、ようやく鉄二は顔を上げることができた。

 

 

優しい表情で笑い、愛おしげに鉄二を見つめる女性を見て思わず嬉しさから彼も笑った。

 

 

「そう、てっちゃん。おばちゃんはね、『船家 美郷(ふないえ みさと)』という名前なの。美郷おばちゃん、って呼んでくれればいいわ」

 

 

「うん、分かった。美郷おばちゃん」

 

 

 

 

 

風呂場で裸にされた鉄二は、美郷に身体を丁寧に洗われた。

 

 

昨日の過酷な道のりで汚れていたままだったが、たちまち綺麗になってゆく。

 

 

だが美郷はそんな鉄二の体を洗いながら、彼の足を心配そうにさすった。

 

 

「まあ、こんなに傷だらけになって。大変だったでしょう? かわいそうに」

 

 

「昨日、ずっと山とか歩いてたから。ほら、ここ見て、蛇に噛まれそうになって枝で切ったんだ」

 

 

そう得意げにふくらはぎの切り傷を見せて鉄二は笑った。

 

 

「町から来たって聞いたけど、やっぱりどこで育っても男の子は男の子なのね。おばちゃん、安心したわ。この村にも子供は沢山いるから、いっぱい友達作ってね」

 

 

「冷たい!」

 

 

会話をしながら、手桶の水を頭からかけてやると鉄二は足をバタバタとさせた。

 

 

「鉄二?」

 

 

不意に元の声が風呂場を覗く。

 

 

「あっ……」

 

 

しまった、とばかりに鉄二は身を縮ませ黙って様子を窺う。

 

 

便所だと言って部屋を飛び出したのに、風呂場で屋敷の者に身体を洗ってもらっているところを見られれば叱られるに違いない。

 

 

そう思うと鉄二は素直に返事ができなかった。

 

 

美郷はそんな可笑しげにそんな鉄二を見ると、風呂場の外に気配のある元に向かって言った。

 

 

「てっちゃんのお父さん、ごめんなさい。さっき廊下でてっちゃんの服にお茶を零して汚しちゃったんです。だから風呂場で洗ってあげてまして」

 

 

「え? ああ、そうだったんですかい。しかし、どうせうちの倅が前も見ずに走ってたんでしょう? いっちょげんこかましてやりますわ」

 

 

「そんなことないから、げんこはやめてあげてくださいまし。私の不注意だったんですよ」

 

 

「そうですか? そうおっしゃるんならまぁ……」

 

 

元とのやりとりの尻で、美郷は鉄二を見た。

 

 

鉄二はただ美郷の顔を口を半開きにして見ていた。

 

 

自分を庇って嘘をついてくれたのだと分かったからだ。

 

 

「じゃあ、すみません……よろしゅうお願いします。鉄二、体拭いたらとっとと部屋に戻るんだぞ」

 

 

「分かった。父ちゃん」

 

 

(よかったね)

 

 

声に出さず、口をぱくぱくとさせて美郷は鉄二に話しかけた。

 

 

鉄二もまた、嬉しそうに口元を手で押さえながら大きく頷いた。

 

 

 

 

 

部屋に戻るとしばらくして船頭がやってきた。

 

 

船頭は改めて二人に、死別した元の妻、小夏の生家に住まうことを許す旨を告げ、場所を簡単に説明してくれた。

 

 

船頭の話によると、小夏の生家である三舟家は家主が数年前に亡くなったため、今は誰も住んでいないという。

 

 

小夏は上に姉が二人。

 

 

三姉妹はどれも村を出ていて、村には誰も残っていないという。

 

 

「わしら昔から村を出たことのない人間には、外がどうなっておるかわからん。若者に外のことを聞かれてもなんにも答えようがないでな。三舟の娘らはそんな、誰もなにも分からん外の町にえらく憧れとった。

 

 

もちろん、これまで村を出た人間がいなかったわけじゃあない。

 

 

しかし、出た人間は誰一人として再び村に戻ってきたことがない。一体、外の世界とはそんなにも魅力的なものかのぅ」

 

 

「いえ……町なんて、ろくなもんじゃありませんさ。どっちを向いても戦争戦争って馬鹿みたいに騒いでて。確かに便利なものも多いし、便利なこともある。けど、そのくせ貧乏人ばっかりでね、油の臭いや工場の音がうるさいばかりのろくでもないところでさぁ」

 

 

船頭の寂しげな呟きに、元は答えた。

 

 

彼の話は、確かに事実ではあるがそれがすべてではない。

 

 

元自身の苦しい思い出ばかりがべっとりと泥油で塗りたくり、実際の町よりも汚れた印象で船頭に伝えたのだ。

 

 

「そうかい。なら、三舟の娘らも苦労したんだなぁ。結核とはかわいそうになぁ」

 

 

事実がどうであれ、船頭は外に出るつもりはない。

 

 

元もそれに気づいていた。

 

 

-10-へつづく

 

スポンサードリンク



関連記事

【夜葬】病の章 -63-

-62-はこちら       “【夜葬

記事を読む

【無料お試し】おうちゴハン2 / 新作ホラー小説

豊が帰宅したのは20時を過ぎた頃だ。     真っ暗な

記事を読む

【夜葬】 病の章 -22-

-21-はこちら     「【地蔵還り】を捕まえて、【

記事を読む

【蔵出し短編】アキレス健太郎 2

アキレス健太郎1はこちら  頭痛のする朝だ。特別飲みすぎたわけでもないし、二日酔いと

記事を読む

【夜葬】 病の章 -83-

-82-はこちら       社内で健

記事を読む

【夜葬】 病の章 -24-

  -23-はこちら   戸の隙間から腕を差し込み、ば

記事を読む

【連載】めろん。68

めろん。67はこちら ・綾田広志 38歳 刑事㉕  弘原海は呆

記事を読む

【連載】めろん。48

めろん。47はこちら ・三小杉 心太 26歳 刑事④  大城の家を抜け

記事を読む

【夜葬】 病の章 -35-

-34-はこちら       鉄二は夜

記事を読む

お見舞い その2 / ホラー小説

■息子を襲った事故       赤く点灯した【

記事を読む

スポンサードリンク



Message

メールアドレスが公開されることはありません。

スポンサードリンク



【連載】めろん。1

■めろんたべますか ・綾田広志 38歳 刑事①

【夜葬】 病の章 -1-

一九五四年。 この年の出来事といえば、枚挙に暇がない。二重橋で一

いよいよ発売!初の旅エッセイ『この場所、何かがおかしい』

イラストはあまのたいらさん(https://twitter.com/

怪紀行大阪・飛田新地 旅館満すみ・鯛よし百番

■クラウドファンッ ディング!! どうも

怪紀行栃木・日本最強の縁切り神社 門田稲荷

■悪縁を断ち切り、良縁を結ぶ どうも最東です。ムカつく

怪紀行愛知 栄枯盛衰悲喜交々・名楽園中村遊郭跡

■国内最大級の花街へ どうも最東です。最近ムラムラしや

怪紀行愛知・英霊たちは静かに佇む知多中之院 軍人墓地

■旅は迷う どうも最東です。みなさん、今日も迷ってます

→もっと見る

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

PAGE TOP ↑