【連載】めろん。27

・大城大悟 38歳 刑事③
心臓が止まる。呼吸の仕方ですら吹き飛ぶ。時間が俺の精神だけを取り残して止まってしまったのだと思った。
だが時計の針は無情にも秒を刻んでいる。
『言うな、って釘刺したと思うんだけどなぁ~……ねえ、大城刑事』
「ぱっ、あの私は」
『仮にも刑事の端くれ。こういう機密は例え同僚であっても口外厳禁でしょう? これは看過できないなぁ』
「違います、あいつは……いや、そうじゃなくて」
完全に混乱してしまっていた。次から次へと脈絡のない言葉たちが脳内を行き交い、思考を渋滞させる。
今、選ぶべき的確な語句も語彙もどん詰まりででてこない。
それがさらに両間を喜ばしてしまった。
『ん~? どうしたの大城刑事ぃ。喉が張り付いて喋れないのかな? さっきはあんなに饒舌にペラペラペラペラペラペラと、言わなくてもいい話をしてくれたじゃないですかぁ』
バレている!
盗聴か? いつだ、どこに?
目が泳ぐ俺の喉は確かに張り付いていた。唾もでず口の中が渇き、それなのに厭な冷たい汗だけが額と背筋を冷やした。
『それで? どうして喋っちゃったんですか。今なら許してあげるから言っちゃってください』
「それは……あの高校生が……」
そこから先の言葉が紡げない。今更なんといえばいいのだ。あの高校生に暴力を振るっていたことを話した。
自分はなにもできなかったが悔しかった。なんとかしてほしい。
そんなことを話したと、わざわざ自分の口から言わなければならないのか。
スピーカーの向こうから小さな溜め息が聞こえた。
『そう、まあいいさ。別に無理に言わなくても。こっちは聴いているわけだしね。ただ、自分の口から言ったほうが罪は軽いよ~というのはいわゆる陳情のおすすめをしているだけで、僕の老婆心からさ。けれど君が喋った相手には悪いけどそういうわけにはいかない。僕からすれば君は計らずして巻き込んでしまった人だけど、君が喋った相手は違う。好奇心で知ってしまった罪人だ。残念だけど逃れられないね』
「ちょっと待ってくれ、綾田は関係がないんです! 綾田は俺が一方的に――」
『ふむ。綾田? 綾田刑事かね。ああ……はいはい、わかりましたぁ。一度会ったことがあるねぇ』
「……え」
両間はさも今はじめて知ったかのように綾田の名前を反芻する。俺が綾田に電話していたことを知っていたはずの両間がなぜそんなわざとらしい言い回しをするのか、一瞬わからなかった。
『ありがとうありがとう大城刑事。いやぁ、お礼をいうのはハッキリ言って間違ってるんだけどねぇ~。見事に喋ってくれちゃってたんだねぇ、ダメだよそんなことしちゃ』
「え、あの……なにを言って」
『本当に喋ったんだ? う~ん、残念だよ大城刑事。口が堅いのが刑事の性分でしょうに。それをこんなにいとも簡単に話しちゃ。プロが僕らのような口車に乗せられてペラペラ吐いたら信用問題だよ? しかし、体育会系は思慮が足りないね。脳みそまで筋肉でできてるんじゃないかって、よくいうけどさぁ……本当にそうなんじゃない?』
そう言って両間は笑った。まるでテレビ番組で笑っているような、愉快な声音だった。
それを聞いてさらに俺は混乱する。
まさか、この男は俺が綾田に喋ったことを知らなかったのか。知らないのにカマをかけて喋らせた……
「う、嘘だ」
『あ、ようやく察しましたかぁ? そうだよ~……君、完全にハマったの。まさかさぁ、喋ってると思わないじゃない。だからきっと『なに言ってんですかそんなこと口外するわけない』って突っぱねてくれると思っていたのに……』
にちゃ、張り付いた喉からはどんな言葉も湧いてこない。両間はそんな俺を見透かして楽しんでいるかのように、その『間』をじっくりと空け――
『君、刑事には向いていないよ』
通話はそこで切れた。
「う……うおおおおおおっ!」
スマホを耳に当てたまま叫んだ。
綾田を巻き込んでしまったことへの後悔。簡単に騙されてしまったという劣情。そして、再び襲い来る強烈な無力感。
「どうしたの大悟!」
芙美が駆け込んできた。俺は芙美にも構えず、ただ怒りと後悔に震えた。
高校生を救えず、歯噛みしながら耐えた。そもそもここで俺が勇気をだして止めていれば。告発していれば、こんなことにはならなかった。
すぐに綾田に謝りたい。スマホで電話をかけようと思うが、感情がコントロールできずうめくだけで動けなかった。
「ねえ、大悟? どうしたのよ!」
「ぐう……!」
涙がにじむ。
くそぅ、俺が……俺のせいで……!
自分の感情を押さえ、なんとか綾田に連絡しなければ。今あったことと、俺の愚かさを告白しなければ。
ただでさえ奴が警戒している両間だ。これを知らせないわけにはいかない。
その時、来客のチャイムが鳴った。
「大丈夫? 大悟……」
「ああ……いいから、でてくれ」
芙美は不安を滲ませた顔つきでうなずくと玄関へと向かう。
俺は必死に呼吸を整え、深呼吸をした。なにもできないどころか事態を悪化させたかもしれない。バカか、俺は……!
震える手でスマホを握りしめている俺の下に芙美が小走りで戻ってきた。
公安の職員が訪ねにきた、と俺に告げた。
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