【無料お試し】おうちゴハン2 / 新作ホラー小説
豊が帰宅したのは20時を過ぎた頃だ。
真っ暗な空を眺めるとほんの数時間前の平和な街並みとは表情が劇的に変わる。目線を前に戻すと夜を漆黒のものにしない程度の街灯が点在している。逆にそれが夜の恐怖を生んでいる気はしまいか。例えば電柱の陰、看板の裏、自動販売機と地面との隙間、暗闇の中に切り離されたかのような電話ボックス。
それらは闇があり、光があるからこそ引き立つ不安であり、恐怖そのものでもある。あの電柱の陰を覗いてごらん。あの電話ボックスに訳もなく入ってごらん。そうすれば私の謂う恐怖と不安の意味が少しでもご理解いただけるのかもしれない。
そんな夜の不安を背負い横切って豊は部屋のドアを開けた。ドアを開けると鼻を通るいい香りがした。甘辛いなんとも言えない香り。
「今日のゴハンはなに?」
ただいまの代わりに豊は料理に精を出す美紀の後ろ姿に尋ねた。
「今日は角煮」
「角煮か……楽しみだな」
美紀は相変わらず小声で話すような半分息の抜けた声で話した。来ていたブルゾンをハンガーに掛けながら、豊は今日あったことを聞くことにした。
「あのさ……お前、スーパー辞めてたんだな」
「……」
「いや、今日休みだったから顔でも見に行こうと思ってさ。でも居なかったから聞いたんだ」
「……」
「あ、太ったおばさんに聞いたんだけど、愛想悪くて、お前知ってる?」
「……」
「ん、まぁ……それだけだけど」
「もうすぐ出来るから」
「あ、ああ」
やはり放置し過ぎた夫婦関係をこの数日で修復しようなどと虫の良すぎる話だったのかもしれない。
豊はそのことを痛感し、今日自分がスーパーに行ったことを悔いた。もっと言うなら、今日行ったことをわざわざ美紀に聞いてしまったことも、だ。豊は風呂場の前の手洗い場で手を洗い、うがいをした。そのついでに顔も洗う。冷たい水が起きている豊の意識をさらにピシャリと正してくる想いがした。濡れたままの顔を上げ、自分の顔を見る。随分と老けてしまった……。
正直な感想だ。結婚したころはこんなにも皺はなかった。髪もこんなに細くなかったし、なによりももっと生気があった気がする。
歳をとることはいいことだとナイスミドルな中年がCMで言っていたが、それは人によるではないか。豊は鏡の前の自分に文句を言った。鏡の自分の肩越しに、キッチンで野菜を切る美紀が映った。まじまじと彼女を見詰めるのも気恥ずかしい上に、こんな仲だ。気持ち悪がられるに違いない。
折角距離が縮まるかもしれないのに、今嫌われてしまってはまたあの気まずい毎日がやってくる。だから豊は鏡越しに美紀を見ていた。
「……目も悪くなったか」
やはり何度見てもあの頃の美紀とは重ならない気がする。なにがそう思わせる原因かと自分の記憶を探る。
「そうか、痩せたのか」
顔のことは今に始まったことではない。だがそれ以外の違和感を無意識に感じていた。
だから趣味が変わってしまったということが余計に不気味に思えたのだ。そう、顔ではなく、彼女のシルエットが変わっていたのある。太っているとまではいかないが、豊の知る美紀はもっとふくよかな体つきをしていたはずだったからだ。
そうなってくるいよいよこの女性が別人のように思えてくる。そんなわけはないのだが、この2年がそんな彼の審美眼を曇らせている。いや、審美眼を以てして言うなれば、確実に美紀は2年前よりも美しくなっていた。それだけは確かに思えたのだ。
「!」
鏡越しに美紀と目が合った。慌てて豊は濡れた顔をタオルで拭く。
「ゴハン、出来たよ」
美紀は一言いうとエプロンを外し、自分の部屋へと消えた。
「あ、ああ……ありがとう」
豊は部屋に居る美紀に聞こえるように礼を言うとテーブルに着いた。美味そうな角煮とスープがあった。
――これからまだ長い。ゆっくりと関係を修復しよう。
豊はこれまでの違和感を全て心の引き出しの中に仕舞うと、柔らかくなった肉を箸で切り口へと運んだ。美味さに目をつむり、それがどうでもよくなる。
そしてその様子を部屋のふすまの隙間から、美紀がじっと見ていたことを豊は知ることもなく次から次へと頬張っていた。
カーン、という甲高い音で豊は目を覚ました。なんの音だと布団の周りを見渡すがさっきのそれがなにかが分からない。カーン、ともう一度鳴った。
今度はどこから鳴ったのか分かった。外からだ。そして直後に複数の男の声で笑い声が聞こえた。その声の様子から、大分と若い男だと察する。豊は目を細くしてカーテンをずらして窓から様子を見た。
豊の住む団地には、中央に小さな公園がある。そこは街灯もありベンチもあるので時折若者のたまり場になることがあるのだ。豊の家の窓からはその公園の様子がよく見えた。案の条高校生らしき男女数人がそこで馬鹿笑いをしながら空き缶を蹴っていた。
「なんだよ……通報してやろうか」
折角の休みを締めくくる安眠を奪われた豊は、彼らを見詰めながら『チッ』と舌打ちをした。
「今の音、なに?」
背後で声がしたので振り向くと、美紀が立っていた。どうやら美紀も外の音で起きたようだ。お察しの通り、こんな夫婦中だから彼らは二人とも別の部屋で眠っているのだ。
「ああ、外でガキが騒いでるんだ」
「へぇー……」
美紀は豊に近づいてくると、窓の外を覗いた。
「……本当ね。うるさいわ」
「だな。俺もうるさくて起きちゃったよ」
豊がリビングに移動し、電話の子機を持ってきた。
「通報するよ。これで少しはおとなしくなるだろ」
豊が外線ボタンを押そうとすると、美紀が手で子機のボタンを覆い制止した。
「……なんだ?」
「まだ子供なんだから、大目に見てあげようよ」
「でも……」
「明日も明後日も騒ぐようなら私が通報するから」
「そうか……? ならそうしようか」
美紀は小声で話し、何故か外の少年たちをかばった。こういう非常識な連中が嫌いだったはずなのにな……とまた思い出さないでも良いことを思い出す。
美紀との関係の修復を図りたい豊は、その場は素直に従うことにした。結局、騒いでいた少年たちは朝までおとなしくなることはなかった。
翌日、仕事を終え深夜2時を超えた頃に帰宅した豊は、部屋内に違和感を感じた。このところ感じていた違和感とは違い、《人の気配のない違和感》であった。テーブルには珍しく作り置きがされた夕食が置かれてあった。
「美紀」
キッチンから部屋を呼び掛けてみるが返事がない。寝ているのかと思い、美紀の部屋のふすまから覗き込んで見るが、誰もいなかった。仕方なく夕食を取ろうとレンジでそれらを温めようと皿を持つ。
「あれ、あったかい」
夕食のカツに触れてみると作ってまだ1時間も経っていないと思われるほど、暖かかった。ということは、美紀はつい先ほど外出したことになる。
「ジュースでも買いにいったのか」
それほど気にも留めずに豊は食事を済ませた。その日の食事も、肉が主体のおいしいものだ。すっかり豊は家で食べる夕食が楽しみになっていた。
「……でもたまには魚も食べたいよな」
贅沢を言える立場ではないが、正直な感想がこぼれる。この際なので思いきってリクエストしてみようか?
豊はそんなことを考えながらぺろりと平らげた。そして、シャワーを浴びしばらくテレビを見た。疲れていたのか、そのまま豊は眠ってしまった。
彼が夢の中に泳ぎ着こうとしていた頃、こちら側の岸辺で美紀が帰ってきたことを知らせるドアが開閉する音が遠くに聞こえた。
テレビを見ながらソファで寝つぶれている豊を美紀が見下ろしていたことを、豊が知るはずもない。
【本編に続く】
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