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【夜葬】 病の章 -26-

公開日: : 最終更新日:2017/05/16 ショート連載, 夜葬 病の章



 

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――人じゃない。

 

 

もはやこの言葉がぴたりと適合する姿は、美郷の面影など残してないなかった。

 

 

元にしてみれば、それはむしろ好都合だった。

 

 

【地蔵還り】が美郷からかけ離れれば、かけ離れるほど、これを討つ決意が揺らがない。

 

 

「元ざぁん……お慕い……じで、ばず」

 

 

持っていた鉈を振りかぶり、ひと思いに息の根を止めようとした時だった。

 

 

その言葉が元の動きを一瞬止めた。

 

 

「黒川ぁ、止めるなあ!」

 

 

船坂の声でハッと我に返ったが、一瞬の差で間に合わなかった。

 

 

月夜に鮮血が舞った。

 

 

片腕を失った【地蔵還り】が持つ武器は、その歯くらいなものだった。

 

 

その歯で、最初に噛み千切ったのは狸。何度も皮を噛み千切り、臓物を抉り出し、肉を嚙み切った。

 

 

その次に餌食となったのが、人間だったころの想い人……黒川元。

 

 

「離れぇ! くそっ、このバケモノが!」

 

 

数人がかりで元の喉元に嚙みついた【地蔵還り】を引き剥がす。

 

 

【地蔵還り】が元から離れたのと同時に、ぶちぶちという繊維が無理やり引き千切られる音が鳴った。

 

 

「ぐっ!」

 

 

【地蔵還り】を羽交い絞めにしながら引き剥がした船坂の顔に生暖かい液体を浴びる。

 

 

それが血だと船坂はすぐに理解した。そして、それが誰の血であるかも。

 

 

「黒川ぁ!」

 

 

元は首元を押さえ、二、三歩後ずさり『大丈夫だ』と血まみれの手を突き出した。

 

 

それを見ていた村人は全員、元の受けた傷が致命傷だと分かっていた。

 

 

「元ざぁ……ん、祝言をっ、おっ、をっ、あげる……まで……わだじ、てっぢゃんの……おがあざんに……いっ、いっ」

 

 

血まみれの顔で【地蔵還り】は美郷だったころの記憶の断片から、途切れ途切れなにかを呟いている。

 

 

「意味なんてない! 早くこいつを殺せ!」

 

 

船坂が叫びながら【地蔵還り】をひれ伏させ、首を突き出させた。

 

 

それが何を意味するのかを察した吉蔵が、握った斧を振りかざす。

 

 

「ごめんなぁ……鉄二ぃ……美郷おばちゃんを、お前の母ちゃ……んに……」

 

 

穴の空いた喉元を押さえ、喋りにくそうにしながら元はまん丸い月に向かって喋りかけた。

 

 

「もう喋るな黒川! すぐに手当てしてやっから!」

 

 

岸松が自らの力で立っていられなくなった元の肩を抱える。

 

 

一度では落とし切れなかった首にめがけて、もう一度吉蔵は斧を振り下ろした。

 

 

ごろん、と草むらに【地蔵還り】……美郷の頭が転がるのと、元が事切れるのは同じタイミングだった。

 

 

死した瞬間、元と美郷は見つめ合っていた。

 

 

 

※※※

 

 

 

その後、船頭や村人たちの厚意により元々村の外から来た元は、【夜葬】されることになった。

 

 

しつこいようだが、この村では【夜葬】こそが慣例の儀式。ただしい葬送風習である。

 

 

当然、元の顔はくり抜かれ【正式な手順で】地蔵に返されることとなった。

 

 

忌まわしい悪例を作った美郷の頭は、ひと際手厚く葬るため、他の墓とは別の場所……。

 

 

死後の監視の意味も込め、地蔵の見つめる中央に葬られることとなった。

 

 

「ここは昔から【地蔵還り】になってしもうた人間を弔う場じゃったんじゃ。まさかここに美郷が入ることになるとはのぅ」

 

 

船頭のつぶやきがいつまでも鉄二の心の中に残る。

 

 

鉄二は、元が【夜葬】によって葬られることに反対だった。だが幼い鉄二にそれを覆す言葉の力はない。

 

 

元の死をきっかけにして、鉄二は【夜葬】を憎み、嫌うようになる。この【鈍振村】も。

 

 

 

翌年、十二月八日。太平洋戦争が開戦され、日本は戦争の色一色に染まってゆく。

 

 

元々、山間にある鈍振村だから児童の疎開は必要ないとされていたが鉄二が強く望んだため、船頭や船坂の援助もあり鉄二は疎開することになった。

 

 

その中には当然、ゆゆもいた。

 

 

鈍振村は解体こそされなかったものの、船坂や吉蔵といった若い男はみな徴兵され、高齢でも働けるものは街の軍需工場で働くことを余儀なくされる。

 

 

村に残ったのは、山を下りる体力すらもない年寄りだけになった。

 

 

 

一九四五年八月十五日。

 

 

日本中を貧困させ、混乱させ、沢山の命を散らせた戦争が終わった。

 

 

疎開にでた頃の鉄二は一一歳。疎開の年齢としてはぎりぎりだったため、一二歳を過ぎてしばらくする頃には、彼も軍需工場で働かされていた。

 

 

彼の素行が悪くなり始めたのは、その頃からだった。

 

 

ゆゆはそんな鉄二を案じ、事あるごとに関わるが鉄二はその度にゆゆを厄介者扱いした。

 

 

終戦した時もそうだった。

 

 

学徒出陣で、次々と若い命が無駄に散っていく中でまもなく鉄二もその年齢にさしかかる直前。

 

 

お国のためという愛国心は、他の者と比べて極端に薄かったが、ある種の自殺願望に近い思想を抱いていた鉄二は、いつか零戦で敵空母に特攻するのがささやかな夢だった。

 

 

だがその儚い夢も空しく、彼が一五歳になる前に戦争は終わりGHQにより軍も解体されてしまった。

 

 

帰るところのない鉄二は、ゆゆと共に嫌悪していたあの村へ帰るしか選択肢はなかったのだ。

 

 

だが、思わぬこともあった。

 

 

戦争でほとんどの村人が村を留守にしたことから、【夜葬】の風習が廃れていたのである。

 

 

【夜葬】を心から嫌っていた鉄二にはこれを僥倖と言わずしてなんというか、という気持ちだった。

 

 

戦地から帰ってきたのは、船坂や吉蔵……それに数人。船頭はひと気の無くなった村でひっそりと息を引き取ったという。

 

 

村は変わり果てていたが、それでも【夜葬】がまかり通っていたあの頃よりは、よっぽど住み心地がいい。鉄二はそう思っていた。

 

 

 

-27-へつづく

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