【夜葬】 病の章 -27-
祭囃子が村の中心の広場から聞こえ、初めての祭りに鉄二ははしゃいだ。
「おい、鉄二。そんなに走ったら転ぶぞ」
元の忠告も上の空に、そぞろな鉄二は短い脚をばたつかせて走った。
太鼓と笛、そして音頭の歌声が近づくにつれ、鉄二の鼓動は高鳴る。
つりさげられた提灯が夏の夜をやんわりと照らし、知っている顔ばかりがそこに集まっていた。
「ゆゆ!」
「てっちゃんだ! みんな、てっちゃんがきたよ!」
広場の中央で鉄二の頭の高さほどに建てられた櫓の周り。盆踊りのような踊りに興じる村人たちと夜の広場で走り回る子供たちがいた。
鉄二はその中からいち早くゆゆの姿を見つけ、その名を呼ぶ。
ゆゆもまた鉄二の顔を認めると、他の子供たちも呼んだ。
「すごい、すごいなあ! お祭り、お祭りだー!」
鉄二は興奮していた。
町で過ごしていた時も、こういった祭り行事に出向いた事がなかったからだ。
物心ついた頃に母の小夏が病の床についていたことと、人付き合いのない元という家庭の理由もあり、見たことすらなかったのだ。
それに、鉄二が激しく興奮する理由は他にもあった。
鈍振村で夜、外で誰かと会うなどということは通常あり得ないことだったからだ。
この村の者は、誰一人として『夜は外にでてはならない』というルールを破らない。
それゆえ、夜は静寂と一言で言ってしまうのを憚るほどに、静かで不気味なのだ。
だがこの日は違う。
村のほぼ全員がこの広場に集まり、踊りに興じたり酒を交わしている。
今、この場にいる村人で誰一人、不安な顔を浮かべている者などいない。
「父ちゃん!」
「ああ、行ってきていいぞ」
「わあ!」
嬉しさのあまり跳びあがりながら、鉄二は広場へと走っていった。
元は息子の後ろ姿を眺めながら、この村に移ったことは間違っていなかったと改めて思う。
そこへひょっとこの面を付けた船坂がやってきた。
「よう、黒川、来たな。今日は村にとって特別な日だ。一緒に呑んで歌って踊ろう」
「ありがとう。でも、これはなんの祭りなんだ? 盆祭りにはまだ早いだろう」
「ああ、これはなぁ、『福祭り』ってんだ」
「福祭り?」
「そうだ。正式には踊る方じゃなく、神様を祀る方の『祀り』だがな。鈍振村では年に一度、村を守ってくれてる【福の神さん】への感謝と、変わらぬ村の平安を願うための行事がある。それが今日のこれっていうわけだ」
「なるほど……。正直なところありがたい。初めての村……それに初めて知り合う子供や大人たちだからな、鉄二のことが心配だったんだ。でもあの姿を見て安心したわ」
「なに言ってる。うちのゆゆだって鉄二のことは好きだって言ってやがったぞ? 親としては子供が心配なのは分かるがぁ……。まあ、ほどほどにしてお前も楽しめ」
「そうだな」
「お~~、黒川じゃねえか! なに突っ立ってやがる、こっちきて飲め! お、飲め!」
船坂と立ち話をしている途中で、吉蔵が松代と肩を組みながらやってきた。
見るからにもう出来上がっている。
「……と、まぁこんな調子だから、気楽にやれ。な、黒川」
「ああ、じゃあ遠慮なく」
広場に設けられた敷物を地面に敷いただけの宴の場に座り、元もまた村の祭りを楽しんだのだった。
※※※
「てっちゃん! なにやってんのよ、やめなよ!」
軍需工場の仲間に馬乗りになり、二度その頬に拳を振り下ろした直後、ゆゆがそれを止めに入った。
「こいつ、芋持ってやがった!」
戦争の最中、深刻な食糧難に陥っていた当時の日本では、軍需工場で働かされる子供たちにも我慢を強いられていた。
白米など超ぜいたく品。滅多なことでは口にも出来なければ見ることもできない。
そんな中、国民の主食と言えば芋やヒエ。だがそれすらも足りていない。
鉄二に馬乗りにされている少年は、どこからか盗んだ芋を隠し持っていて、それを鉄二に見つかったのだ。
「勘弁、勘弁してくれぇ! どうしても、どうしても腹が減ってよぉ! 妹も全然食ってなくて……」
「はあ? そんなのみんな一緒だろうが! 食わなきゃ死ぬんなら、死ね! おら、死ね!」
三度、四度と拳を振り下ろし、少年は口を血だらけにしながら泣いた。
「てっちゃん、だめだって! やめて!」
ゆゆが身を挺して鉄二の鉄拳制裁をやめさせようと抱き着く。
それでも鉄二は芋の少年をさらに痛めつけようと暴れた。
「お前みたいな弱輩がいるから日本は敗けるんだ! だったら弱きは殺してやる!」
「てっちゃん! だめ!」
慌ててゆゆが鉄二の口を押えた。
芋の少年はその隙に脱兎のごとく逃げたが、それにも構わずゆゆは辺りを見回す。
「誰かに聞かれたらどうするのよ! 日本が敗けるなんて、憲兵さんに酷い目に遭わされるんだから!」
「別にいいんだよ。どうせ俺には家族もいねえし、失うもんなんてないだろうが」
「失うものないなんて……そんなの」
哀しそうな顔を浮かべるゆゆを押しのけ、鉄二は立ち上がった。
「ったく、さっきのグズから芋奪ってやろうと思ってたのによ。お前のせいで今日もひもじい目に遭うじゃねえかよ」
「そんなのみんな一緒だよ。さっきの子だって妹がお腹空かせてるって」
「女なんか軍に入れないだろ。戦えないんなら死んだほうがマシだ」
鉄二の極端な思考は、ゆゆをさらに悲しい顔にさせた。
鈍振村にいた頃は、優しくよく笑う子供だった鉄二。
それどころかどこか頼りなく、ちょっとしたことですぐに泣きべそをかくような弱弱しい印象の方が強い。
村ではむしろ、ゆゆの方が鉄二よりも活発で男勝りだった。
なにをするにもいつもゆゆが先に立ち、先導した。山の生活に慣れていない鉄二に色々なことを教えた。
それらの思い出が、すべてまるで嘘だったかのように鉄二は変わってしまった。
理由は知っている。
元と美郷のあの事件のせいだった。
「てっちゃん、そんなこと言う子じゃなかった……」
「そんなこと言う子じゃなかった? 馬鹿なこと言うな。お前らが俺をこうしたんだろうが」
「そんな……っ、私は」
「なんだよ。お前らの村が俺をこうしたんだ。そうだろ? 人喰い野郎」
ゆゆは挑発するような鉄二の言葉に顔を背ける。
元や鉄二が鈍振村の【夜葬】という風習に面を喰らったように、ゆゆもまた山を下りて自分たちが続けてきた【夜葬】が他の者たちから見て異常なものだったと知ることとなったからだ。
悪意のある薄笑みを浮かべ、鉄二は吐き捨てるように言った。
「この戦争は狂ってるよなぁ。けど、俺からいわせりゃお前らの方がよっぽど狂ってた。人間同士の殺し合いなんて単純だろ。相手が気に入らねぇ、相手が言うこと聞かねぇ、だったら力づくでっていう明解なもんだ。じゃあ、お前らはどうだよ。死んだ奴の顔を抉り取って神様に返す? その血を混ぜた飯を食って成仏を願う? 言っておくけど、この国の神様は福の神さんじゃない。天皇陛下だ!」
立ち去る鉄二を追いかけず、ゆゆはひとり涙を流した。
そしてその涙は、鉄二の目を覚まさせることはできなかった。
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