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【連載】めろん。12

公開日: : 最終更新日:2019/05/14 めろん。, ショート連載, 著作 , ,









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・木下 英寿 19歳 大学生③




「そんなぁ!」




 悲痛な叫びが室内にこだまする。三角座りをしている茉菜はそんな僕の大声にも意を返さずテレビを見ている。




「話が違うよ、母さん」




 しょうがないじゃない、と受話器の向こうの母が言う。雑音だらけで聞こえにくい。




 時刻はあれから1時間が経とうとしていた。母が帰ってくるはずの時間に母の姿はなく、代わりに人身事故の影響で電車がこないという電話があったのだ。




 仕方がないことくらいはわかっている。だがこちらの状況も状況だ。




『もう夜も遅いし、これ以上私が帰るのを待ってもらうわけにはいかないわね。英寿、あんたその子家まで送りなさい』




「ええっ! 言ってること変わってる!」




『不可抗力よ。本当なら私が送り届ける予定だったけど、さすがにこれ以上遅くなったらそっちのほうが問題』




「でも虐待が心配だとか言ってたじゃん」




『心配よ。それは変わらないけど……さすがに連絡もなしに一晩うちに泊めるわけにはいかないわ。それこそ警察沙汰になっちゃう』




 落胆し愚痴る僕に構わず母は、明日の朝に自分が挨拶に行くと言った。その時に怪しいかどうかを見極めるつもりだ、と。とりあえず僕は茉菜を送った上で、後を濁さずに帰ってこい……と。




「無茶だよ! 大体母さんが連れて帰れって言ったから」




『そうよ。でも状況は変わったんだから! あんたも男でしょ。うだうだ言ってないでさっさと覚悟決めなさい』




「そんなこと言ったって……」




 最悪だ。逃げ出したい。




 母が言うように22時を過ぎ、今の段階でも小学生にしては充分遅いにもかかわらず、いつ帰ってくるともわからない母を待っていたら余計に状況は悪化する。




 今送り届けるのがおそらく最善なのだろう。それはわかる。




 だが理解するのと納得するのとは違う。損な役回りを買って出るほど酔狂ではないのだ。




 茉菜を見ると、無言でただうずくまってテレビを見ている。――が、ただ動くものを眺めているだけで内容など入ってきていない様子だった。どこか物憂げで虚ろだ。




「ごめん……茉菜ちゃん。もう遅いし、お母さんも心配しているだろうからさ。おうちに帰ろうか」




 おそるおそる声をかける。「絶対に厭!」と駄々をこねられると覚悟をしていたが、意外にも茉菜は小さくうなずいた。




「え……いいの?」




 自分から帰ろうと言っておいてつい聞き直してしまう。さっきはあれだけ厭がっていたのに。やはり母親からキツめに叱られた腹いせの家出だったのだろうか。時間が経ち、知らない家でテレビを見ているうちに不安に駆られたのかもしれない。




 ……まあ、当然だよな。こんな知らないやつの家に夜、いることのほうが怖いよな。




 複雑な気持ちもあったが、帰る意思を示してくれたのは僕にとっても好都合だ。




 痛むだろう足を気遣い、来た時と同じく茉菜をおぶった。




 夜の団地帯は無表情で苦手だ。ひと気もないし、どの棟も同じ形、同じ背、同じ大きさで目がおかしくなりそうだ。




 反面、ひと目を避ける必要がないという点ではありがたい。特に今の僕のような小学生の女の子をおぶっている大学生には。




「何棟かわかる?」




「B‐34棟だよ」




 B34か……。僕の住む棟がB29だからそんなに離れてはないな。




 小学生とはいえ、立派な人間だ。若年性運動不足の僕としてはおんぶをして歩くだけでも重労働だった。息が上がるのをごまかすのに通り過ぎる外灯を数える。




 10本目の外灯を通り過ぎたところに29棟はあった。10本目の外灯はチカチカと明滅し、電球が切れかかっている。わけもなくそれが不安を駆り立てる。




 ……よく考えたら、もし子供を虐待するような親だとしたらかなり危ない人だってことだよな。大丈夫かな、暴れたりしないかな。




 頭によびった想像のせいで二の足を踏む。どうしよう怖くなってきた。




「あのね、お兄ちゃん」




 突然、茉菜が話しかけてきた。考えてみれば茉菜と会ってから、話しかけられるのはじめてかもしれない。お兄ちゃんという呼ばれ方が新鮮で、むず痒くなった。




「ど、どうしたの」




「茉菜のおうちにね、メロンがあるんだよ。一緒に食べよーよ」




「メロン?」




 さっきはプリンをひとくちでやめたのに、メロンは食べられるのか?




 そんな大人げないことを思ったが、茉菜の声は明るい。さっきまでとはまるで違う。なんだかそれだけうれしくなった。




「そっか。じゃあ、茉菜ちゃんのママがどうぞ、って言ってくれたらね」




「大丈夫だよー」




 無理だとわかっていても、最初からこんな調子なら僕も困らなくて済んだのにな、と思った。




 階段は特に過酷な道のりだった。何度茉菜にここだけは自分で歩いて、と頼みそうになったか。しかも、茉菜の家は4階だという。




 ぜえ、はあ、と情けない息が漏れる。汗が噴きだし、残り一階だと気合を入れる。




「ねえ、お兄ちゃん」




「はあ、はあ……な、なに?」




「なんでさっきからメロンしかいわないの」




「メロン? 茉菜ちゃんだろ、メロンがおうちにあるって言ったの」




「……うーん、わかんない」




 どうしたというのだろう。おふざけだとすれば、それに乗ってやる気力と体力は残っていない。あとで謝るから待ってほしいと心で頭を下げた。







めろん。13へつづく

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