猿の血 1/ ホラー小説
■バイク事故
俺は趣味の多い男だった。
夏はサーフィン、キャンプ、冬はスノボー。
アウトドア派だった俺は、季節になればそれに合わせた遊びに夢中になっていた。
しかし、春や秋などのオフシーズンはそういったメインの遊びが出来なかったため、俺は好きなバイクを乗り回すようになった。
最初は「持ってたらかっけーよな」くらいの気持ちで買ったバイク。
いつの間にか俺はそんなバイクにのめり込み、春秋は常に乗り回し、どこに行くにも極力バイクを使うようになった。
ビッグスクーターから始め、それじゃ満足できなくなった俺はもっと大きく、速いバイクに乗り換え、それがすっかり俺の生活の一部になった。
仕事の行き帰りは当然バイクだったし、それこそ天気も選ばない。
雨や風、雷が鳴っていても、それはそれでバイクの醍醐味だと思っていたのだ。
そんな粋がった俺は雨の日、視界の悪い高速道路でスリップ事故を起こしてしまった。
■覚醒
目を覚ました俺の目に入ったのは、付き合っていた恋人芹香だった。
心配そうに俺を見下ろしていた彼女の表情は、青白く生きた心地がしない……といったような顔色。
どのくらいの時間寝ていたのかまでは分からなかったが、ずっと寝ていて声を出していなかったせいか、目覚めてすぐに上手く声を出せなかった。
ドラマや映画などでよく目にする酸素補助器のようなものはつけられていなかったので、少しでも声を出せば彼女と話せたはずだったが、脳と鉛が入れ替わってしまったかと思うほどに重い頭痛と、天井が常に揺れているような眩暈のせいでそんな気にはなれない。
ただ目線を彼女にやるしか出来なかった。
「~~~」
彼女は俺になにかを言ったが、朦朧としているからか俺は彼女が何を言っているのか一切聞き取れない。
「~~~」
懲りずにそれでも話しかけ続けてくれるのだが、それでもなにを言っているのかわからないので、俺は再び眠ることにした。
■退院
どのくらい入院していたのだろうか。
相変わらず彼女の言っていることは分からない。
それどころか、他の人間の誰も言っていることが理解できないのだ。
だけど、なぜだろう不思議とそれが重要だと俺には思えなかった。
『なんとかなるだろう……』
そのくらいにしか思っていなかった。
このように自分が思っていたことも疑問だったが、それ自体ですらもあまり難しくは考えることはせずに時間が過ぎる。
しかし、日常生活に於ける運動にはなんの問題もなく、事故で負った怪我もそこそこの大怪我ではあったものの、回復する薬は、あとは時間のみ……という状況だった。
そのため、俺は予定よりも早く退院することができたのだ。
「~~~」
退院の付き添いで、俺の母親と父親が来てくれた。
もちろん、今までお見舞いにも来てくれていたし、世話をしにきてくれていた期間もあった。
俺はこの時ほど、親のありがたみや人の優しさを痛感したことはない。
これからはもっと気を付けて生活しよう……。
そう誓ったはいいが、相変わらずわけのわからない言葉に俺は困ってしまっていた。
■食の変化
退院してからしばらくの間は、職場での復帰は止められていた。
というのも俺の仕事は夜が中心の仕事で、客前に立つものだったので外見的に回復するまでは無理だという判断からだった。
両親は実家に帰り、彼女もたまにやってくる。
本格的な復帰に向けて治療に専念しつつも、俺は相変わらず聞き取れない言葉に悩んだ。
この頃にもなると俺は気付いていたのだ。
俺の耳に入る言葉の全てが、『聞き取れないのではなく、理解が出来ないということ』を。
日本語をごく普通に話している……というのは分かるのだが、どういうわけかそれが言語として全く理解できない。
怪我の後遺症だと思っていたが、そうだとしてもこのままでは社会復帰は絶望的だ。
それを訴えようと、筆談を試みたが今度は字を書けない。
一体俺はどうしてしまったというのか。
――それと、変化はそういった言語のことばかりではないことにも気付いた。
食の好みだ。
魚や肉などを一切受け付けなくなった。
その代り、木の実や果物などを欲するようになったのだ。
両親や彼女が、俺に気遣って食糧を買って冷蔵庫に入れてくれていた。
その中にはレトルトの食材や、肉、野菜、加工品がずらりと並んでいたが、その中で俺は野菜や果物ばかりを口にし、手を付けられない肉や魚は次第に腐ってゆく。
やがてそれらが無くなると、俺は食べるものがなくなり外へ出るようになった。
歩きまわり、近所の公園に辿り着くと木の下に落ちている木の実、昆虫を口にする。
味覚としては、それらが美味い……とはそこまで感じなかったが、それらしか口にする気になれなかった。
■バナナ
公園で食べ物を求めた俺だったが、すぐにそこにある食べ物にも飽きてしまい、他の食べ物を求めて彷徨う。
前屈みに小走りでゆく俺の目に、露天販売をしている青果店が目に入った。
いや、目に入ったというより……匂いに誘われたと言っていい。
「~~~」
店主の男がなにかを言っている。恐らく呼び込みだろう。
俺はそれを遠目から観察し、店主が店の奥に消えるのを待って店頭に陳列されたバナナの房を盗んだ。
「~~~!」
店の奥から大声で店主がなにかを言ったが、無視して走る。
住宅街の、人が住んでいない空き家の裏に忍び込み、俺はバナナをひと房、その場で食った。
甘くて、とても美味かった。
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