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【夜葬】 病の章 -29-

公開日: : 最終更新日:2017/06/13 ショート連載, 夜葬 病の章

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鉄二とゆゆが戻った翌々日に船坂は村に戻った。

 

 

船坂の他にも吉蔵や出征していた男たちも続々と鈍振村に帰ってきた。

 

 

それでも戦死した者も少なくなく、戻った男たちは少ない。

 

 

だが彼らと時を同じくして女たちもまた町から故郷へと戻ってきたのだ。

 

 

帰った誰もが、鉄二とゆゆと同じく口をあんぐりと開けたまま呆然と立ち尽くした。

 

 

変わり果てた村の有り様に現実と時の残酷さを知ったのだ。

 

 

「もう、もう誰もいないのか」

 

 

たった数年。

 

 

いや、年数にしてみればたかだか2年くらいのものだ。

 

 

にも関わらず、老人だけを残したとはいえここまで荒れるものだろうか。

 

 

誰もが我が目を疑った。

 

 

田畑は荒れ、伸びつくした草木。

 

 

それらを見渡していると吉蔵が叫んだ。

 

 

「おい、あそこ! 誰かいるぞ!」

 

 

吉蔵の指す先に船坂達が目をやると、荒れた畑で蠢く人影が確かにあった。

 

 

その人影もどうやら船坂らに気付いたらしく、こちらを注視している。

 

 

じりじりと警戒しながらゆっくりと近寄ってゆくと、人影の方からこちらに話しかけてきた。

 

 

「ああ、帰ってきたんだ。おかえり。船坂のおじさん」

 

 

「なに? ……お前、もしかして鉄二か?」

 

 

「そうだよ。こんな村にいるのなんて村の人間しかいないだろ」

 

 

「おおっ! 鉄二! お前、元気だったかよ!」

 

 

人影の正体が鉄二だと分かった途端、船坂は持っていた荷物を下ろして歩み寄った。

 

 

鉄二は荒れた畑から獲った形の歪な大根をかじり、突然歩み寄ってくる船坂に面食らった。

 

 

船坂は涙声で「よかった、無事でよかったなぁ!」と鉄二を抱きしめ、何度も頭を撫でた。鉄二は一瞬、抵抗しようとしたがすぐに諦め、黙って船坂にされるがままにした。

 

 

 

 

「そうか。船頭さんはおっ死んじまったか」

 

 

その夜、船坂の家に集まった少ない村人は、村の現状について振り返った。

 

 

2年間、ほとんど状況の分からなかった鈍振村。

 

 

故郷であるこの村の惨状に言葉を失う者もいた。

 

 

だがそれ以上に、自分たちの村だという自覚とどうにかせねばという使命感に彼らは燃えた。

 

 

散々、戦争で見たくもない人の生死を目の当たりにしてきたのだ。

 

 

今一度、たかだか村のひとつくらい生き返らせるのは造作もない。

 

 

鬱積した感情をすべて故郷のために使おう、そう意見は一致した。

 

 

「俺らも昨日戻ったところだから、村の状況もあんまり把握してない。ただ屋敷がもぬけの殻だったし、船頭さんが死んだのは間違いないんじゃないかな」

 

 

鉄二の言葉に船坂はうなずくと、部屋の奥でうずくまっているゆゆの姿を認めた。

 

 

普段通りの船坂ならばゆゆのその姿に少しばかりの違和感を感じていたはずだが、五体満足で無事帰ってきた一人娘に安堵しきっていた。

 

 

「だったらみんなで明日、改めて村の状況を把握しよう。いくらなんでもたった2年で村の年寄りが全滅したなんて考えられないしな。一軒一軒訪ねていけば、きっと生きている者もいるさ。それよりも今夜はみんな、語り明かそう。どの顔も久しぶりだからなぁ!」

 

 

そう言った尻に「けど酒はないがな」と、船坂は豪快に笑う。

 

 

ゆゆはそんないつもどおりの父親を眺めつつ、口元の傷を隠していた。

 

 

「ああ、じゃあ俺は家に帰る」

 

 

鉄二がそう言って立ち上がると、そこにいた全員がギョッと目を剥いた。

 

 

「帰るって、お前。今は夜だぞ」

 

 

「そうだね。いい夜だ」

 

 

「いや、そうじゃなくって夜にひとりで外にでるのは……」

 

 

誰かが言ったその言葉に鉄二は心底呆れたように溜め息をつき、笑った。

 

 

「おじさんたち、戦争に行って散々米兵と殺し合いきたのに、村に帰ってきたらまだそんなこと言ってるの? 俺たちは町で空襲警報が鳴る度に外に飛び出して、自分の命を守るのに精いっぱいだったんだ。それだけじゃない。空襲なんてさ、いつ来るかわかんないんだ。深夜のことだってあるし、明け方のことだってある。焼夷弾で燃えた家を見たことがある? バラバラに飛び散った人は? そういうのを見たあとでこの村の『オバケ』なんて到底信じられないよ」

 

 

「お前、『オバケ』って……!」

 

 

船坂はそこから先は言葉にならなかった。

 

 

『そのオバケに黒川は、お前の父親は殺されたんじゃないか』

 

 

本当はそう言いたかった。そして、その『オバケ』とは、お前の大好きだった美郷だったじゃないか、とも。

 

 

「とにかく、俺は大丈夫。心配してくれてありがとうなおじさん。でも、俺は夜なんて怖くない。俺が怖いのは……」

 

 

そう言って鉄二はその場にいた面々を見回し、最後に部屋の隅でうずくまったままのゆゆを見て口元を歪めて笑った。

 

 

「じゃあ、おやすみ」

 

 

鉄二はみんなの見守る前で一人、家を出た。

 

 

すっかり人が変わってしまった鉄二に対しざわつく中、ゆゆだけが鉄二が言おうとした先を知っていた。

 

 

 

『俺が怖いのは……あんたらだよ』

 

 

 

 

 

-30-へつづく

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