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【夜葬】 病の章 -30-

公開日: : 最終更新日:2017/06/27 ショート連載, 夜葬 病の章



 

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それから数日して、さらに数名村の者が帰ってきた。

 

 

中にはゆゆや鉄二と遊ん若者もおり、寂れた村が息を吹き返す兆しが見えてきた。

 

 

鈍振村は、船坂らが言うように残った老人がみんな死んだ訳ではなかった。

 

 

人数にすれば二〇人ほどになるが、彼らは彼らなりに守っていたのだ。

 

 

ただ若い力を失ってすべてをそのまま維持するのは難しい。

 

 

鉄二とゆゆが神社で目の当たりにしたように、鈍振村でも軍事資源に使えそうなものは根こそぎ持っていかれたため、加速する過疎化に歯止めが利かなかった。

 

 

そんな最中に船頭に寿命が訪れ、指導者をなくした老人たちは自らの生活だけで精一杯になり、村の維持にまで手が回らなかったという。

 

 

戦争がもたらした、老人には残酷な現実だったのだ。

 

 

「市郎がもう持たん! 誰か、飯を分けてやってくれ!」

 

 

グアム戦線から戻り、陸軍病院にいた市郎を背負った晋三が鬼気迫る様子で叫んだ。

 

 

晋三自身も汚れた包帯を左目に巻き、軍服のままだった。

 

 

「なんでお前そんな状態の市郎連れて帰ってきた!」

 

 

「本人の意思だ。それに病院もけが人で溢れてる。はっきり言って市郎のベッドはもう空いとらん! 市郎も『死ぬなら故郷がええ』っちゅうてな」

 

 

悔しそうに唇を噛みしめながら晋三は言った。

 

 

だが悔しそうにしていたのは市郎を背負っていた晋三だけではなかった。

 

 

飯を懇願された者もまた同じように悔しさに満ちた顔をしている。

 

 

「すまねえ、市郎。お前には最後に、腹いっぱい白飯を食わせてやりたいが、村には米どころか芋だってない。村の仲間が死にかけてるっていうのに……!」

 

 

その光景を見て、鉄二はひとり笑いを噛み殺していた。

 

 

鉄二からしてみれば、こんな村で死にたいという気持ちがまったく理解不能だったからだ。死にかけているほうも、心配しているほうも滑稽で見ていられなかった。

 

 

――こんな村で死ぬなんて絶対にごめんだ。

 

 

市郎がこの世にとどまれるよう、村の者たちが呼びかけ続ける中、鉄二はひとり闇に消えた。

 

 

その日の太陽が沈む前に、市郎は死んだ。

 

 

願いむなしく、に米粒の一粒たりとも彼の口に入ることは叶わなかった。

 

 

 

「村に帰ってきてすぐに仲間が死ぬなんてなぁ」

 

 

すっかり静かになってしまった村。埃だらけの旧船頭邸で村人たちは集まっていた。

 

 

意気消沈する彼らを興味深く見つめ、楽しそうにしている鉄二の様子に気づく余裕もないほどに。

 

 

「どうする? 夜葬をするなら今夜中に市郎を【どんぶりさん】にしてしまわんと」

 

 

「そうだなぁ。そうするか」

 

 

そう言っている船坂の口ぶりは穏やかだった。

 

 

以前のように率先している素振りはなく、『死んでしまったのだから仕方がないからしようか』という気持ちが漏れている。

 

 

船坂のそんな様子を不思議に思う者はいなかった。

 

 

この戦争で、老いも若きもみんな、人の死を身近に見すぎていたからである。

 

 

兵士も市民も無差別に死に過ぎたあの戦争で、彼らは初めて人の死生観を目の当たりにしたのだ。

 

 

鉄二ほどとは言わなくとも、【夜葬】という風習について馬鹿げていると思い始めているせいもあった。

 

 

「え、本当にやるの? 夜葬」

 

 

その素直すぎる言い方で聞いたのは鉄二だった。

 

 

村人たちが鉄二に注目する。

 

 

「というか、やるだけの時間と金の余裕は?」

 

 

村人たちは黙った。

 

 

あの船坂も鉄二の言葉に無言だった。

 

 

辛く、長い戦争は村人たちの価値観を大きく変えてしまった。

 

 

例え、死後であっても死した人間の体を傷つける行為の異常さを、外の世界で知ってしまった。

 

 

同時に、村を出た若者がほぼ村に帰ってこない理由もわかってしまったのだ。

 

 

「ないだろ。だったら、もうやめよう。【夜葬】なんて」

 

 

「だが、【地蔵還り】が現れて……」

 

 

「そんなのはいない。父さんはただの事故死だし、おばちゃんは本性を現わせたのか、もともとそういう人だったのか。それだけだろ」

 

 

鉄二の冷徹な言葉に、思わずゆゆはうずくまった。

 

 

「もしも、それが怖いんなら全員で市郎さんをここで見張れればいいんだ。外だって通夜のときは一日中屍と夜を共にするんだ。ここで起き上がってこなければ、わざわざ顔をくりぬかなくても問題ないだろ」

 

 

誰も反論しないのを認め、深く息を吸いこんで溜めた。

 

 

「だから、【夜葬】はもうやめよう」

 

 

まるでまじないか経のような響きだった。

 

 

水を打ったように誰もなにも言わない。それは鉄二の提案にみんなが賛同する意思表示のようにも思えた。

 

 

だが、その中で一人異を唱える者が現れる。

 

 

「いや、それはだめだ。絶対にだめだ。【夜葬】をやめるなんて、危険なだけだし、なによりも福の神さんが怒る」

船坂だった。

 

 

内心は揺れ動き、複雑な気持ちだったがここで鉄二の話をおいそれと受け入れるわけにはいけない。そう思った。

 

 

元と美郷があの一件で死んだことを忘れてはいけないし、それについて船坂なりの負い目も感じている。

 

 

鉄二がこのようになってしまったのも、あの一件のせいだともわかっていた。

 

 

「福の神さん? ああ、顔をくりぬかせている張本人か。船坂おっちゃん。いいことを教えてあげるよ。この村ではね、船頭さんを含めて2年間で何人か死んでる。でもその間、【地蔵還り】が残った村人を襲ったということは一度もなかったってさ」

 

 

「ど、どういうことだ」

 

 

「つまり、福の神さんはもう……この村にはいないってことだよ」

 

 

 

 

-31-へつづく

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