【夜葬】 病の章 -73-
鈍振村に足を踏み入れた一行は、あからさまに歓迎されていない空気を感じた。
村人はいるにはいるが、葛城らを認めるとそそくさと隠れるようにしていなくなってしまう。そのくせ視線だけは感じる。
観察――否、彼らは監視されていた。
しかし、一行の中で最もこの空気を肌で感じ取っていたのは宇賀神だ。
葛城らと違って宇賀神はこの村では知れた顔である。十年や二十年ぶりならともかく、たった五年で忘れられるはずはない。
その証拠に、宇賀神には見覚えのある顔がいくつもあった。
それなのに彼らは宇賀神の顔を認めてもなんの反応もない。いや、むしろ眉間に皺を寄せ、不快感や敵意を露わにするものさえいた。
「本当に仲よくしてたんですか。宇賀神さん」
「ああ、そのはずなんだがな。えらく嫌われたもんだ」
宇賀神は笑った。
葛城たちは釣られず、懐疑的な目を向けるだけだった。
村は、一見して様変わりしたようには見えない。活気だけが壊滅的に失われているだけだ。
宇賀神はこうなった大きな原因はやはりあの病しかない、と推察した。
あの病が村で猛威を振るい、村から致命的な人命を奪ったのだ。その結果がこの光景である。そうに違いない。
やや短絡的ではあると自覚しつつも、そう仮定するしか納得できる術がない。
それに、宇賀神は病気が流行りはじめた頃に村から逃げた。
だから村人に嫌われるのも仕方はないとも思っていた。だが反面、村に町から便利なものを持ち込んでやったという思いもある。
心情は察するが、病から逃げただけで嫌悪される道理はない。気持ちではそう思っていても、不気味に変わった村を前にして憤りよりも気味悪さを強く感じた。
その時だ。
十代後半ころに見える精悍な印象の青年が宇賀神らに向かって歩いてきた。
この殺伐とした村の光景の中で、一種異様なほどにこやかに笑いかけている。
「やあ、こんにちは。こんなところにお客さんとは珍しいですね。なにか特別なご用件ですか? それとも山で迷われたとか?」
見覚えのない男の姿に宇賀神はつい言葉を詰まらせた。
「いやあ、迷ったんじゃなくこの村に来たかったんですよ。無事に辿り着けてよかった」
青年に答えたのは葛城だった。ニコニコと笑う青年に笑い返しながら、親しみを込めて話す。
「そうですか。ここまでたどり着くのは大変だったでしょう。なにしろ道らしい道がないですしね。そうは言っても、数年前まではにぎやかで活気のあった村だったのでその時に使っていた道の名残りはあるのですが……。まあ、これも知る人ぞ知るという感じですし」
葛城らがへえ、と感心している横で宇賀神だけが顔を強張らせていた。
白々しく話している青年。この青年自身に見覚えはないが、言っていることに他意を感じていた。
その正体は、道だ。
「どうしたんですか宇賀神さん。急に黙っちゃって」
「い、いや……ちょっと気分が優れなくて」
そう言いながら宇賀神は青年を見た。同時に青年もまた宇賀神を向き、ふたりの視線がぶつかる。
「大丈夫ですか? 宇賀神さん」
青年は気にかけた言葉を吐く。宇賀神は自己紹介していないが、葛城が発した言葉から拾っただけだろう。
にもかかわらず、宇賀神は冷や水を頭からかぶったように強烈な寒気が走った。
無理もない。
宇賀神が葛城たちを引き連れてやってきたこの道こそが、青年の言う『知る人ぞ知る』道だった。
つまり、青年はそれをわかっていてわざわざ宇賀神に言ったことになる。
「この村の住民はみんな恥ずかしがり屋で人見知りの気がありますが、悪い人はいません。用事があって……ということですが、宿の心当たりがあるのですか」
「それがないんですよ。来ればなんとかなるんじゃないか、っていうか」
「そうですか。じゃあ危ないところでしたね」
「危ないところ?」
「ええ、実はこの村では夜、誰も外を出歩かないんです。それだけじゃなく、家を訪ねても誰も対応しない。意地悪じゃなく、そういう決まりなんです」
「えっ、じゃあ……もう少し遅くなって夜になっていたら」
青年はにこやかな表情を崩さないまま無言でうなずいた。「夜になっていたら野宿になっていた」と示唆しているのだ。
「宇賀神さん、どうしたんですか。さっきから黙って。本当に気分が悪いんですか」
「すまない……」
葛城はため息を吐いた。内心は役に立たない男だと宇賀神を見下している節さえもあった。無理もない。
それほど宇賀神は寡黙にうつむくだけだったからだ。村に着く前までの威勢はすっかり鳴りを潜めている。
「では今夜はぼくの家に泊まってください。もうすぐ夜が来てしまうので、用事は明日がいいでしょう」
「ええ、いいんですか? 急に来たのはわたしたちなのに」
「いいんですよ。何事も助け合いです。それに、その大きな機械やあなたたちの持っているものに興味がありますので」
「機械? ああ、カメラですか。機械以外にも便利なものはありますよ。ええっと、なにか持ってたかな」
葛城が同行したスタッフに訊ねるとリュックから持ち物を物色しはじめた。
「それ、なんですか」
「え、これ?」
青年に手渡して喜びそうなものを、と物色している最中、ふと脇に置いた鉄製の片手シャベルを青年が指さした。
「これはシャベルですよ。園芸に使うんです。山の中の村だからなにかと役立つかなと思いましてね」
「それ、いいなあ」
葛城は目を丸くした。いくら外から隔離された山の村だからといって、こんななんでもないものを欲しがるとは思わなかったからだ。
これだけ小さなシャベルが農具に役立つとは思えないが、欲しいと言われてあげたところで別段、不便になることもないものだ。
「じゃあ、よかったらこれもらってください」
「ありがとうございます。これ、いいですね。ほじるのに良さそうだ」
「宿代、というわけじゃありませんが……」
「いえ、充分です。さあ、もう暗くなります。ぼくの家まで案内しますよ」
一行は青年に礼をすると彼に従って歩いた。宇賀神も黙ったままそれに倣う。
たかだか来た道のことを皮肉られただけ……ではなかった。
宇賀神は本能的に感じていたのだ。やはり、この村に戻るべきではなかった。
それは虫の知らせの如く、根拠のない予感。とても確信のあるものではない。
宇賀神は自分に言い聞かせる。これはただの気のせいであると。
だが次に青年が発した言葉で、宇賀神はやはり村に来たことを後悔することになる。
「申し遅れました。ぼくは『黒川敬介』といいます」
その青年は、黒川の血縁者だった。
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