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【夜葬】 病の章 -67-

公開日: : 最終更新日:2018/03/28 ショート連載, 夜葬 病の章



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自分はもう長くない。

 

 

馬鹿正直にそれを夫に話してしまえば、彼は余計にムキになって改革に躍起になるだろう。

 

 

許容を超えると慌てて自分を見失うこともあるけれど、芯の強い、真面目さが取り柄の優しい人だ。

 

 

だから彼は私の死を受け止めることができないだろう。

 

 

窓から差す湿った斜陽を眺めながら五月女実久は思った。

 

 

自分自身の体のことは、自分が一番よく知っている。

 

 

村に病院があったら、だとか、街の大きな病院に入れば、とか、そんな話ではない。自分は死ぬ。それだけは確かな予感としてあった。

 

 

鈍振村にやってきたのは、他の住人たちと比べて後発だった。

 

 

五月女がこの村のことを聞いて、移住を決めたのは色んな病院をたらい回しにされ、それでも改善が認められなかったからだ。

 

 

町の油と酒と煙にまみれた空気の中に晒されるよりも、不便だとしても山の綺麗な空気と景色の中にあれば、或いは――と期待した。

 

 

そして実際に、村に移住した最初の頃は実久の体調も悪くなく、外に出歩ける時期もあった。だがそれも長くは続かない。

 

 

すぐに元の病状に戻り、実久は布団からでることもままならなくなった。

 

 

五月女は、最初に改善の兆候を見せたことをどうにも捨てきれず、この村に縋ろうとしている。それこそがすべてうまくいく方法だと信じ込んでいる。

 

 

――いや、信じ込もうとしているのだ。

 

 

五月女も本心ではわかっている。

 

 

いくら村の人間を説き伏せたとして、村に病院が建てられたとしても。

 

 

自分はもうすでに死んでいる。死を約束されているのだ。

 

 

村で流行っている謎の病気は、凄まじい速度で発症した者を死に至らしめた。

 

 

まさかこんなにも多く、自分よりも早く病死するものが多く現れるなど考えもしなかった。

 

 

だから五月女は目が眩んでいる。これをチャンスだと誤解しているのだ。

 

 

仮に病院ができたとしても、建てている途中で実久の命の灯は間違いなく消える。

 

 

必死に、それから目を逸らして報われるあてのない改革に躍起になることで、自分を保っているのだ。

 

 

それを思うと死ぬに死にきれない。

 

 

実久の本心は、最後の瞬間まで夫婦ふたりで穏やかに過ごすことだった。

 

 

そういう面ではこの村の環境はうってつけである。

 

 

なかば強引に移住したが、実久はなんだかんだで鈍振村を気に入っていた。

 

 

――だから、もうよけいなことはしなくていいのに……。

 

 

胸の奥から爆発的に込み上げる発作。

 

 

瞬間、烈しく乾いた咳が壊れた蓄音機のようにでたらめな異音を繰り返した。

 

 

息ができない苦しみに顔を歪め、目をつぶる。

 

 

こんな時背中を擦ってくれたら少しは楽なのに、と五月女の姿を探すが屋内にその影は見当たらない。

 

 

分かっている。

 

 

「実久のために」と今日も村の役員に病院の必要性を訴えているのだ。

 

 

今苦しいのは、私よ。苦しいのは今なの。

 

 

届かない声。咳で喋れないのと、心の声が届かないのとで、苦しみとは別の涙が滲んだ。

 

 

コンコン、が次第に、カハッカハッという素人が聞いても危険だとわかる咳に変わる。

 

 

おかしい。

 

 

いつもよりも咳が烈しく、長引いている。

 

 

肺が千切れるように痛い。

 

 

布団から上半身を起こしていた実久は、ついに胸を押え咳を繰り返したまま横倒れた。

 

 

――はやく、はやく帰ってきて……。病院なんていいから、私のそばに……。

 

 

実久のぼやけた視界に映る戸は、いつまでも開くことはなかった。

 

 

 

 

窪田がいなくなり、船乗り姓でない住人がほとんど村から去っていった。

 

 

依然、病だけは村を駆け巡り、次々と村の人間が倒れてゆく。

 

 

気がつけば元気なのは一部の大人と、なぜか子供だけだった。

 

 

通常なら感染性の病は、抵抗力の弱い高齢者や子供に対し猛威を振るう。だが御変り病は違う。

 

 

年寄りに対して強い感染力をもつのは頷けるものの、なぜだか子供に罹ったという例が一切ないのだ。

 

 

それどころか、もっとも抵抗力、免疫力の強いはずの成人が次々と病に倒れている。

 

 

このまま放っておけば、鈍振村は子供だけの村になってしまう。

 

 

鉄二はその恐れを抱いていた。

 

 

「それこそ福の神の思し召しというやつだ」

 

 

可笑しそうに笑い、血で口元をべっとりと汚した敬介が言った。

 

 

「なんだと?」

 

 

「わからんか。子供だけ病に罹らんということは、『さっさと子供を差しだせ』と言っているということだ」

 

 

「わからんな。お前はいつか俺に言ったじゃないか。疫病は夜葬を復活させたところで治まりはしない」

 

 

「そうは言っていない。治まるし、治まらなかったとしても『ああよかった。マシになった』とこじつけるだけだ、とな」

 

 

指に付いた血と糠の混じりあったぬめりを舐めとりながら、敬介は幼い顔からは想像もつかない禍々しく濁った眼で鉄二を見つめた。

 

 

「それにな、今この村は野放し状態だ。ありあらゆる事象が渦巻き、それらを統制するものがない。過去それを統べていたのは福の神で、最近までは新しい人間どもの波長がそれを担っていたが、今はそれらが一切ない。すべての厄災がこの一点に集中している状態だ。こんな最中にあっては、疫病で簡単に強い大人が死ぬわけだ」

 

 

また敬介の知った顔での講釈が始まった。

 

 

真意、真相を訊いたところで馬鹿にしたようにまた話を別の方向へはぐらかすくせに。鉄二の心の中での悪態は、決まって敬介には見透かされる。

 

 

その証拠に、敬介はニタリと笑い、乳首に吸い付くように血の付いた親指に吸い付いた。

 

 

『黒川さん、五月女です。いらっしゃいますか』

 

 

不意に戸の外から声をかけられ、鉄二は肩をすくめた。

 

 

「五月女……? 船乗りでない奴がまだこの村にいたのか」

 

 

 

-68-へつづく

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