【連載】めろん。17
・綾田広志 38歳 刑事⑦
メロンに憑りつかれた人間は、器用さに個人差はあるもののすべからくして全員が痛いの解体法を知っていた。上手い人間は綺麗に捌くし、下手な人間はガタガタだ。しかし、どちらも手順そのものは一緒だった。
今回の玉井親子に関しては上手いほうだ。子供の茉菜も手伝ったのだろう。洗濯機からは血で汚れた制服が入ってあった。
善治はゆっくりと正気を失い、うわ言や幻覚が増えた。社会復帰には長い時間がかかりそうだ。もっとも本人の気持ちに立てば、正気に戻ることが必ずしも彼のためになるとは思えないが。
仕事から帰った善治は、妻子に迎えられいつもより豪勢な夕食にありついた。肉・肉・肉のオンパレード。それがすべて人間の肉とも知らず、舌鼓を打った。
その時から典美と茉菜とは会話が噛み合っていなかった。食事の途中で大学生の「メロン」をだされた善治は腰を抜かした。驚いて家を飛びだし、少し落ち着きを取り戻してから通報した。
メロン病(メロンに憑りつかれた人間をこう呼ぶことにする)になると、いくつか段階を経ることがわかっている。
まず、「メロン」と幻聴が聞こえる。
次に耳に入る人語や、目に入る情報がすべて「メロン」にすげかわってゆく。
自分では普通に喋っているつもりだが第三者には「メロン」としか発音していない。これと同時に会話が成り立たなくなる。(相手からの人語が「メロン」に聞こえ、メロン病も「メロン」としか発音できなくなるので根本的なコミュニケーションが不可能)
この状態に陥ると猛烈な食欲に襲われ、「食物の逆転現象」が起こる。つまり、「いままで食べてきた食物に興味を失くし、人に対し食欲を覚えるようになる」ということ。これは家族や恋人などメロン病と親しければ親しいほど食欲が刺激されるらしい。食べ物の価値観がそれまでとまるで入れ替わってしまうのだ。
メロン病が人を食ったあと、緩やかに言語能力が回復する。ただし、簡単な会話しか成り立たない。こちらの言っていることを理解することを放棄してしまうためだ。
不可解なのは、メロン病が本当に人を食ってしまったあと、一切の食欲を失うことだ。食をすべて拒絶したまま、死ぬ。
食った(解体した)人間の頭部をメロンに見立ててこれを客に振舞おうとするのもわからない。
……一体、これはなんなのだろうか。なぜこれが全国あちこちで起こっているのだろうか。そして――
「なぜこの事件は表にでてこないのでしょうか。こんなにも異常極まりない事件なのに」
高橋が俺の気持ちを代弁した。最大の疑問だった。
「情報が制限されている。こっちが報道してほしくないニュースはバンバン四六時中流しまくるのに、ちょっとおエラ方が口を聞けばこうだ。公安が動くような政治案件も統制されていることが多いらしいがな」
口にしてしまった、と思った。つい話の流れで口走ってしまった。
「公安……といえば、あの両間という男ですよね。なにを考えてるかわからないし、気味が悪いですよ」
「確かに、な」
高橋の口調が荒々しくヒートアップしてゆく。論調が乱れれば乱れるほど、両間に対する非難が言いがかりに近くなってくる。怒りはもっともだが、自分の立場を弁えなければならない。
だが今の俺にはとてもそれを制する気力がなかった。
明日佳のことと善治の娘のことが妙に重なり、気が滅入っていたのだ。こんなことは珍しい。
「それにしても三小杉のやつ、あんなハム太郎に憧れるなんて。狂ってやがるんですかね」
「見ての通りあいつはおぼっちゃんだぞ。いっぱしの大学にでて警察にきた。ノンキャリの俺らとはそもそもの待遇が違うんだ。ハムに憧れるのも仕方ない」
「だったらいちいち現場に押し付けなくていいじゃないですか」
「落ち着け高橋。気持ちはわかるが、俺たちは俺たちの仕事をすればいい」
タバコの火を消し、飲みかけの缶コーヒーを飲みほした。喫煙ルームからでるとひと気のない無機質な光景が広がる。ひんやりとした空気に身を引き締めながら、高橋の背を叩いた。
「さあ、もうひとがんばりするぞ」
「メロンの事件はこれだから厭なんですよ……。やること多い割には充実感ないですし」
「国民の血税で食わせてもらってるんだ。そのくらいは我慢しろ」
そう言って聞かせると高橋はため息をかみつぶした。
「……ところで綾田さんは呪いとか、幽霊とか、そういうのは信じますか」
「なんだいきなり。そんなもの信じていたら一課の刑事なんて務まらないだろ……」
言いかけた言葉を飲み込み、高橋の言わんとしていることを察した。
「お前、まさかメロン事件がそっち系だと思ってるのか」
「いや、違いますよ! けど……綾田さんはどう思ってるのか気になりまして。自分も信じているわけじゃありません。むしろ否定派ですよ! しかし、この事件だけはどうもわからないことが多すぎますし」
「わかるが、信じそうになっても信じるな。見えないもののせいにすると、自分を見失うぞ」
「すみません。忘れてください」
俺はもう一度、高橋の背を叩いた。
結局、この日は互いに署に泊まった。オフィスのソファで眠った俺は、妻の葵がおいしく料理した明日佳の肉を食べる夢を見た。
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