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【連載】めろん。9

公開日: : 最終更新日:2019/04/16 めろん。, ショート連載, 著作 ,





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・芝崎 拓也 25歳 ウォーターサーバーの営業②




 あっという間に皿の上のメロンを平らげてしまった。皮だけになったメロンを見て、笹船のようだなと思った。




「メロン」




「ありがとうございます。あの、こだわっていらっしゃるんですね……とてもおいしかったです。仕事を忘れてしまいました」




 ははは、と明るく笑い飛ばす。夫人もまたニコニコと笑っている。




 変な人だと思ったが、なんだかいけそうだ。




「おいしいメロンのお礼に代えまして、特別枠でご紹介させてください。あ、強くおすすめするわけではないので、不要でしたら遠慮なくおっしゃってください」




 時々思う。この『怒られないための予防線』がノルマに繋がらないのではないか、と。僕はとにかく、人に怒られたりるするのが苦手だ。




 しかし、この仕事は頻繁に叱られたりする。話を聞いてくれないくらいならまだいい方で、営業だとわかった途端に罵声を浴びせてくる客だっている。こっちだって仕事だ。ただ真面目にやっているだけで見も知らない他人に怒鳴られなければならないのか。




 そう思って僕はセールストークの時に必ず、『無理に勧めない』といった旨のことを聞かれてもいないのに言ってしまう。他の営業はあくまで客が渋ったり、疑ったりした場合に発動すると聞いた。僕のようにわざわざファーストトークから差し込むようなのはいないのかもしれない。




「メロン」




「あ、ありがとうございます。でもさっきごちそうになったおかげでお腹がいっぱいになりました。お構いなく」




 またもメロンと発する夫人。『おかわり食べる?』の意味だと受け取った僕は丁重にお断りをいれる。




 そうしつつもカバンからパンフレットを取りだしつつ、平らげたメロンの皿を「ごちそうさまでした」とお礼を述べながら端へ寄せる。




「メロン」




「ええ、本当においしいメロンでした。でもうちの『純流』もとても人気のあるおいしいお水でして」




「メロン」




「ありがとうございます。それでお客様の毎月のお水の消費量との――」




「メロン」




「……まず、簡単にシミュレーションをさせていただきたいのですが」




「メロン」




「例えば、お客様が一日に消費してい」




「メロン」




「で、ですね。『純流』ですと」




「メロン」




「弊社の自慢のシス」




「メロン」




 ここまでくるとさすがに揶揄われているのだとわかった。




 この人は最初から話を聞く気がないのだ。家に上げて、メロンをご馳走してその気にさせておいて、いざセールストークを始めるとと挑発する。




 営業マンの困った顔を見て喜ぶ、いわゆる『質の悪い客』だ。




 ――最悪だ。




 この家で決まりそうだ、と思ったのが一転、不安のどん底に突き落とされた気分だった。会話が成立しない客にどれだけ売り込んだところで全くの無意味。




「お気に召さなかったようですね。突然おしかけて申し訳ありません。おいしいメロンをありがとうございました」




「メロン」




 一旦出したカタログをカバンにしまいながら、長居は無用とばかりに拝辞するため席を立った時だった。




「メロン!」




 ダンッ




 大きな音に驚いて飛び退いた。背中が壁にぶつかる。その衝撃で左手に激痛が走る。




「痛った!」




 その痛みは壁にぶつけた程度の痛みではなかった。なにかに斬られたような鋭い痛み。




 それも指先とかではなく、手のひら全体に走るものだった。




 痛みの反射で片目を閉じつつ、左手がどうなっているのかを見た。




 僕の左手は、中指と薬指の間がぱっくりと裂け、手の皺を割って骨と桃色の肉が剥きだしになっていた。




「え? ええっ?」




 目を疑い、思考が止まる。これは僕の手なのだろうか。ジンジンと鋭い痛みが現実だと叫び散らしているが信じられない。この痛みはきっとこれのせいではない。これが僕の手なわけが――。




「メロン!」




 ぶつん、と視界が暗転する。




「て、停電?」




 突然のことに思わず叫ぶ。ひとまず左手のことは忘れよう。この痛みは嘘だ。なにかの間違いだから、深く考えないでおこう。それよりも停電が大変だ。早く復旧してもらわないと暗くて玄関がわからない。




「おごぉっ!」




 暗闇に混乱している僕の口の中になにかごつごつとした固いものが押し込まれた。




 必死で喋ろうとするが、もごっ、もごっ、としか発音できない。じゅぷじゅぷ、と口からなにかが溢れる。




 その甘い風味でなにを押し込まれたのかがわかった。僕がさっき平らげたメロンの皮だ。喋ろうとするたびに皮の固いところが歯ぐきに食い込み痛い。




「メロンっ、メロンっ、メロン❤」




 まだ言っているのかあのおばさん。この停電時になにをやってるんだ。




 激痛が左手から肩にかけて伝わってくる。味わったことのない痛みに言葉にならない叫びを上げる。それに反応しているようにメロンの果汁が口からぼとぼとと落ちるのがわかった。




 口の中の痛みと左手の痛み、それともうひとつ見覚えのない痛みが顔に感じる。いや、顔じゃない。目……目だ。




「おごっ、ごごごぽっ、じゅぷ!(そうか! 停電じゃなくて僕の目が潰されたんだ!)」




 多分、庖丁で目を斬られたに違いない。ということはこの左手も斬られたということか。そうか、なるほど~。




 腹部に焼けるような痛み。もはやこの痛みは知っている。お腹の中に異物がめり込んだかと思うと、ベロベロベロ! と熱い何かが中から引きずり出された。




 そして、直後にくっちゃくっちゃ、と咀嚼の音。さっき僕がメロンを食べている時に出した音と似ている。




 ああ~……でも僕はクチャラーじゃないしなぁ~あんなにお行儀の悪い音は出さないよぉ~。




 意識が朦朧とし、痛みもぼやけ、強烈な眠気に襲われる。




 膝から床に落ち、お尻からぶりぶりと噴き出す。ああ、お母さんに怒られる。大人なのにうんち漏らしちゃった。




 あー……でもメロンおいしかったな。あのメロン、どこに売ってたんだろ。帰りに買いに行こう。




 くっちゃ、くっちゃ、おいしそうな咀嚼の音を聞きながら僕はとりあえず、お昼寝をすることにした。お昼じゃないから、夜寝かな。それじゃ普通じゃん。でも夜に寝ることは――




「あまくておいしい」







めろん。10へつづく

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