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メガネ/ホラー小説

公開日: : ショート連載, ホラーについて

 

メガネ

 

 

■凄惨な事故現場

 

 

 

確かに僕は青信号の点滅で走って渡ったさ。

 

 

けどあのバスだってやたらとスピード出してたしお互いさまだろ?

 

 

というか、僕のせいじゃないんじゃないのか。

 

 

ビルの壁に真正面から突っ込んだバスの惨状を眺めながら、僕は自分のせいではないと言い聞かせた。

 

 

バスの交通事故。長方形のバスはアルファベットでいうならIの字。

 

 

だけど、ぐしゃりと正面から折れ曲がったバスはもはやIではなくMだった。

 

 

すごいスピードだったからな……。僕は悪くない、悪くないんだ。

 

 

尻もちをついた腰を持ちあげて、尻や腕、顔を触って確かめるけれど、どうやらどこも怪我はないみたいだ。

 

 

ただ、眼鏡がない。

 

 

転んだ拍子に飛んで行ってしまったみたいだ。

 

 

すぐに野次馬が集まり、事故の惨状をスマホで撮ったりしている。

 

 

誰も僕に気付かない内に、さっさとここから離れたい。

 

 

でもメガネ……。

 

 

そう思って辺りを探すときらりと光るなにかが視界の外れで引っかかった。

 

 

「あ、あった……」

 

 

「ヒドイなこれ……」「まだ若いのに……」「ぐちゃぐちゃだよ……」

 

 

野次馬の話を聞き流しながら、僕は落ちていたメガネを拾いそそくさと帰宅した。

 

 

 

■おかしな視界

 

 

 

家に着くまでおかしな景色が続いていた。

 

 

いいや、おかしいのは景色や街並みじゃない。なんというか風景っていうのかな……?

 

 

人がいない。全く人がいないんだ。

 

 

だけどさっきのバス事故の衝撃もあって、僕はおかしいとは思ったけれど精神的にそこまで余裕がない。

 

 

とにかく疲れた。

 

 

街に遊びに行ったけど、なんにもしなかったなぁ……。

 

 

自宅に着き、玄関を開けると「おかえり」とお母さんの声が聞こえた。

 

 

だけど、見渡してもいない。

 

 

「あれ? お母さん」

 

 

「なぁに」

 

 

声はする。なのに姿が見えない。

 

 

いつもいるはずのリビングにも……

 

 

「痛いっ! なんなのよ、もう」

 

 

なにも無いところにぶつかった。そしてなにもないところから母さんの声が聞こえた。

 

 

「え?」

 

 

僕は目がおかしくなってしまったのかと思い、眼鏡を外して目をこすった。

 

 

「……あ、あれ??」

 

 

 

■不思議なメガネ

 

 

 

確かにこれは僕のメガネだった。

 

 

似ている誰かのメガネかと思ったけれど、やっぱりどう見ても僕のメガネだった。

 

 

このメガネはおかしい。

 

 

なにがおかしいかというと、かけると人が消えるんだ。

 

 

人が消えると言っても実際に消えるわけじゃない。

 

 

僕の視界から消えるんだ。

 

 

そんなもの全く不便で、なんの用途もないものだが、自分の理屈ではとても理解のできないそれに、僕はいつしか夢中になっていた。

 

 

意外と、町中から人を消えた景色なんて中々見れないもんだ。

 

 

昼間の街や、ゲームセンター。特に人混みでよく見えないものなどには便利だった。

 

 

そういったことから僕はこのメガネと生活用のメガネの二つを持ち歩くようになった。

 

 

このメガネの用途なんてないと思っていたけど、物は使いようとはこのことだ。

 

 

元々人はあんまり好きじゃないから丁度いいんだ。

 

 

ほら、こうやって教室でメガネをかけると一人でに黒板に文字が書かれてゆく。なんて快適なんだ。

 

 

邪魔な同級生も、教師もなにも見えない。

 

 

この世界は、僕のものだ。

 

 

 

■無くなったメガネ

 

 

 

とある朝。僕は学校に行く前、メガネがないことに気付いた。

 

 

いつも置いている枕の横、目覚まし時計の手前。

 

 

そこにメガネはなかった。

 

 

――なんでだ。お母さんか!? いや、寝てる間に僕の部屋に入るなんてことあるはずない。ってことは……あ。

 

 

そうだ。

 

 

洗面所のそばだ……。

 

 

昨日の夜、顔を洗おうと思って置いたんだったか。

 

 

些細な思い違いに安心すると、僕は洗面所に行く。

 

 

「あった」

 

 

メガネは洗面所の手前にあり、無事そこにあることを確認した僕はメガネを手にすると鏡の前の自分と目が合った。

 

 

――ああ、そういえば。自分をメガネで見たことがないな。

 

 

どうせなにも映らないだろうけど、僕は小さな好奇心でメガネをかけてみた。

 

 

 

■見えたモノ

 

 

 

「……なんだ、これ」

 

 

鏡に映った姿は、僕が予想していたものとは全く違う。

 

 

恐ろしいものだった。

 

 

目が飛び出し、顔が半分ない。頬は抉れ胸からは骨が飛び出している。腕はジグザグに折れ曲がっており、欠けた頭から脳みそらしきピンクのゼラチンのようなものが覗いていた。

 

 

胸や腹の傷口からは黄色い脂肪がはみ出していて気持ちが悪い。

 

 

「うわああー!」

 

 

鏡に映ったそれに驚いた僕は後ずさりをした際、踵になにか固いなにかがぶつかり尻餅をついた。

 

 

どすん、という腰の衝撃と同時に景色が真っ暗になる。

 

 

――な、なんだ? 一体何が……

 

 

再び視界が戻った僕の目に映ったのは、ぐしゃぐちゃになった鉄のプレートや焦げた香り、オイルの匂いやガソリンの香りもする。

 

 

そして、動けない。指一本も……動けない。

 

 

どういうこと? どうしたんだ?

 

 

やがて聞こえる救急車のサイレン。パトカーのサイレン。

 

 

――あれ、どっちがどっちのサイレンだっけ。

 

 

あれ? あれ? れ? れれ?

 

 

目の前にぶら下がっている鏡……いや、車のバックミラー? なんで僕の目の前にぶらさがって……

 

 

失くしていたと思っていたメガネ。

 

 

なぁんだ、ちゃんとかけているじゃないか。

 

 

顔が半分なくなった自分を見詰めながら、僕は人のいない場所へと――。

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