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【ブログ小説】ひとり10万円 5



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会社に戻ってくると、ひとだかりができていた。

 

 

静かなオフィスビル街に似つかわしくない、喚き散らすようなサイレンの音と消防士らの怒号が飛び交っていた。

 

 

営業は面倒ごとは勘弁とばかりに店を出るとそそくさと去った。俺としてもそちらのほうがありがたい。

 

 

「4階にもまだ人がいるぞ!」

 

 

俺は見上げる。4階はまさしくうちのオフィスである。

 

 

いつもは素知らぬ顔で空を反射させている窓は、見たこともない喧騒と炎を吐き出し、熱でガラスが割れる度にサーカスでライオンが火の輪をくぐったかのような歓声があがった。

 

 

やじ馬たちは好奇の目で火災を見守り、その姿を見て人の生き死にの現場に娯楽を見出している。

 

 

俺はゾッとしないでもないが、少なくとも似たような恍惚感があった。

 

 

やじ馬たちとは種類の違う、興奮だ。

 

 

消防車のサイレンと救急車のサイレンが輪唱の如く代わる代わる鳴り響いている。

 

 

アーチを描き、炎を吐く窓に注ぎ込まれる放水。

 

 

なにをする、やめろ。その炎を消してしまうと『誰も死なない』じゃないか。

 

 

鼓動が打つ。喉から飛び出そうなほど烈しい脈にネクタイごとワイシャツを握った。

 

 

俺の頭にあるのは、村上、水谷……そのほか、顔見知った同僚たちだ。

 

 

あいつは死んだかな。いや、死んでいなくともひどい目にあっていないか。

 

 

会社が燃えているということは、死傷者はほとんど知り合い。つまり俺のことを知っている。

 

 

となれば、俺がそいつらを救ってやればどんな顔をするだろう。

 

 

息が荒くなる。下腹部に血液が集まり、怒張する。

 

 

だが誰を救う?

 

 

斜陽企業とはいえ、社員数は10人や20人ではない。最盛期の5ぶんの1にまで減ったとはいえ、それでも70名以上の社員を抱えた会社なのだ。

 

 

ひとり10万円ではそのすべてを救うなど無理だ。

 

 

……待て。落ち着け。70名の社員がなぜすべて窮地だというんだ。俺のように外に出ている人間もいるはず。営業の連中なんてオフィスにいること自体、珍しい。

 

 

火災が発生してすぐに逃げたのであればむしろ、怪我人がでていることすら怪しい。

 

 

それにそれよりも肝心なことは、貯金額の残りである。

 

 

ミニマリストよろしく、あらゆるものを売却して手元にあるのが200万。20人救えばなくなってしまう。

 

 

いや、20人もビルに取り残されている……なんてことはない。

 

 

その可能性が浮上したのと同時に、俺の興奮は急激に冷めていった。

 

 

せめて、なんとか確かめる術はないか。

 

 

ビルに残されている、死に直面しているやつらの人数を。

 

 

バリン、と窓がまた割れた。歓声が……ああ、一応悲鳴にしておこう。とにかく声があがった。

 

 

目で見るよりもてこずっているようだ。

 

 

はしご車で炎に近づく消防隊員の、苦悶の表情が物語っている。

 

 

そうだ。いま、電話をかけてみればいい。

 

 

それでもし、誰もあそこに残っていないのであれば救急・消防に繋がるだけだ。しかも目の前で火事。いくらでも言い逃れはできる。

 

 

それよりも「アレ」に繋がった時だ。「アレ」に繋がれば、あの中に死に直面した……もしくは、生死にかかわる怪我……もしかして死んだ人間がいるかもしれない。

 

 

よだれがでる。あそこで死んだところで、まだ12時間も経っていない。経っているはずがない。余裕で救えるタイムリミットだ。

 

 

1、1、9……と番号をタップし、コールを聞きながらビルを見上げる。

 

 

時折黒い煤が宙を舞い、黒い雪のようにすら思えロマンチックさを覚えた。

 

 

救世主になるにはいい日だ。

 

 

「100万円になります」

 

 

「……はっ?」

 

 

いつもと違う金額に俺は耳を疑った。

 

 

「ひゃ、100万!? 100万ってなんだよ、ひとり10万円だろ!」

 

 

「ひとり10万円。〇×ビル火災で現在、死傷者は10名」

 

 

「ああ……そうか、10人だから100万か……。誰がいるんだ」

 

 

「…………」

 

 

「答えられない、か。想定内だがね。しかし、どうしよう……その10人は俺の知っている人間かな」

 

 

ビルは7階。出火したのは2階で、4階以上のフロアにも人がいるのかもしれない。正直、社内の人間以外の人間は知らない。

 

 

「120万円になりました」

 

 

「え」

 

 

「合計、120万円です」

 

 

「なんで増えるんだよ! ……あ」

 

 

口にしてハッとした。そうか、死傷者がリアルタイムで増えているということだ。

 

 

「待て、すぐにまたかける!」

 

 

俺は通話を切って、村上に電話をした。

 

 

「か、課長!」

 

 

電話に出たのは女だ。驚いた俺を察したのか、女は水谷と名乗った。

 

 

「水谷? なぜ君が。これは村上のスマホだろう」

 

 

「それが……村上さん、大火傷で動けなくて……今、私も含めた社員7人いるんですけど火が強くて動けなくて。今、外はどうなっているんですか?」

 

 

涙声の水谷の声が鬼気迫る現場を物語っている。

 

 

スマホを耳にあてながら、俺は跳びあがりそうなくらい興奮を覚えた。

 

 

俺の知っている人間が! 同僚や部下が死にかけている!

 

 

「怪我人は? 村上だけなのか」

 

 

「洲本さんが逃げ遅れて……あと、山下さんも顔に火傷が……」

 

 

「わかった。今から俺が助けてやるからな」

 

 

「課長が? 冗談いわないでください。それよりも消防隊の人たちはまだ中に入ってきてくれないんですか」

 

 

「無理だ。この炎ではな。必死の消火活動を行っているが、火は弱まるどころか強くなっている」

 

 

「そんな!」

 

 

「まあいいから。とりあえず、気楽に死んでてくれ」

 

 

「課長!」

 

 

水谷がヒステリックに叫ぶのを無視して通話を切った。

 

 

その怒りは後で感謝と感動に変わる。今の内好きなだけ怨め。その分反動も大きく返ってくるだろう。

 

 

「210万円になります」

 

 

「そんなに増えたのか!」

 

 

「10万円不足していますが、どうしますか」

 

 

予想外だ。さっきの電話の時だったならば、全員分の金額があったというのに。

 

 

仕方がない、うちの社員だけ助けてやろうか。

 

 

「まだ後ででいいが、7人だけ救いたい」

 

 

後でいい、と言ったのはとりあえずみんな死んでからのほうがいいだろうと思ったからだ。

 

 

「それは不可です」

 

 

「……え?」

 

 

どうして! と声が裏返る。

 

 

「救う人間は選べません。それにひとりあたり10万円の費用が必要ですが、それはあくまで目安です。あなたが選べるのは、『救うか』『救わないか』のみの選択となります。法規的処置として、足りない分も一度に限りこちらで負債することもでき、その場合はあなたに足りない分の金額が借金として課せられます。どうしますか。お支払いされますか」

 

 

「全部払わなきゃいかないのか!」

 

 

なんということか。となれば、あいつらが死ぬまで待っていられない。そんなものを待っていれば一体いくらになるのか。

 

 

「250万円になりました」

 

 

「ま、待て!」

 

 

待てるわけがないが俺は叫んだ。

 

 

今なら50万の負債で済む。迷うことはない、今しか決断できない。

 

 

「お支払いされますか」

 

 

「…………いや、やめとく」

 

 

俺が答えるのと同時に通話が切れた。

 

 

バリン、とこれまで一番大きな破裂音が野次馬を賑わし、龍の口のように炎が噴き出した。

 

 

「ごめんなぁ、みんな」

 

 

村上、水谷の姿を思い浮かべる。

 

 

心の中で手を合わせた。

 

 

 

だって、まだ20回分を使い切るのなんて勿体ないじゃん。

 

 

 



 

 

 

 

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