拾得物 1 / ホラー小説
■落とし物
とある日のことだ。
外出先で妻から電話があった。
聞けばたった今、警察から電話があったらしい。
警察と聞いて、やましいこともないのに私の鼓動が強く打った。
人の心とはこういった脆く弱いものなのだと知っていたつもりだが、どこか自分はそうではないと思いたがる。
私もどうやらそのタイプの人間だったようだ。
しかしよくよく聞けば警察から電話というのは、落とし物についての連絡だったことがわかる。
無意味に安堵のため息を吐く私に、電話口で妻が「どうしたの?」と尋ねた。
「いや、なんでもないよ。……ところで、その落とし物の連絡ってなんだ」
私が尋ねると妻は、「カメラの落とし物が届けられた」のだという。
「カメラ……? ああ、そういえばいつも置いている場所にないとは思っていたが。あれは車の中にあったんじゃないのか」
「わたしもそう思ってたんだけどね。その電話があってから車の中を見たけどなかったのよ」
「でも落とし物……なんて心当たりがないぞ。どこで見つかったんだ」
「○×モールのトイレ、ですって」
「○×モール……?」
私は記憶を遡り、考えを巡らせた。
たしかに先週、行ったな。
なんだったか、そうだ。確か長男を連れて家族で公園に行ったんだった。
その帰りにそばにあった○×モールで買い物をしたんだ。
徐々に戻ってくる記憶。
そういえばあの時、トイレにいった。
しかしカメラなんて持って行ってたかな……。
さすがにその辺の記憶は曖昧だった。曖昧だから忘れて帰ったことにも気づいていない。当然か。
「そうか……。わざわざ届けてくれた人がいたんだな。親切な人が見つけてくれてよかった」
「そうなのよ。それでね、悪いんだけど取りに行ってもらえない? 確か今日あなた外回りよね。社用車でちょっと寄ってきてほしいの」
「なるほど。頭いいね」
「そうでしょ? お願いできる?」
わかったよ、と返事をして電話を切った。幸い、ここからカメラを預かってもらっている警察署はそれほど離れていない。
会社に戻るついでに取ってこよう。
■カメラの受け渡しで
警察署内のインフォメーションで『落とし物・忘れ物』の窓口を探す。
「3階か……」
3階に上がり、窓口をのぞき込むと職員が忙しなく動きまわっていた。
そんな中に声をかけるのは少し忍びなかったが、私は「すみません」と一番近くにいた諸君を呼んだ。
「あーはいはい。今いきますねー」
フランクな物言いで、中年女性がやってきた。
「あの、落とし物を預かっていただいてると連絡をいただいたんですが」
「じゃあこちらに記入してください」
そういって窓口横の用紙を指さす職員。私は言われるままに従った。
「……これでいいですか」
「えっと……拾得物の受け取りですねー。身分証明書と確認の署名お願いします……」
私が身分証明書を出している間に、女性はさきほど私が記入した用紙に目を通す。
「カメラですねー……」
女性はそう呟くと近くの男性を呼び止め、その用紙を見せた。
男性は頷いて奥へと消えてゆく。
「今、持ってきますので少々おまちください」
2分ほど待つと、男性がカメラを持ってきた。
目の前に差し出される前から確信した。あれは私のカメラだ。
「ちょっと中身を確認してください」
「あ、はい……」
カメラを手に取り、中の写真を確認するように言われた私はレビューモードで起動した。
息子が公園で遊んでいる写真が次々と表示され、忘れたことすら気づかなかったのにもかかわらず、カメラが戻ってきたよかったと心から思った。
「間違いないですか?」
「はい。確か……に」
レビューを送っていると、一番新しいはずの写真のあとに撮った覚えのない写真が交じっていた。
「どうしました?」
「い、いえ……間違いありません」
そういって一旦、職員に渡すと職員の女性はなにかを用紙に記入しながらストラップに巻いたタグを外した。
「じゃあ、どうぞ。お持ち帰りください」
再び手元に戻ってきたカメラを持ち、私は警察署をあとにした。
■写っていたもの
社用車で会社に戻るまでの間、私は妙な不安感に苛まれていた。
その理由は、カメラに収められていた撮った覚えのない写真だった。
できるだけ思い出さないようにしているのだが、どうにも気味が悪くて頭から離れない。
その写真とは、撮った覚えがないだけではなかった。
大昔の写真のようにセピア色でざらざらとした感じの、子供たちの集合写真のようなものだったのだ。
私のカメラはデジ一眼という、いわゆるデジカメだ。
あとから加工すればセピアの写真にできるが、あの集合写真の意味がわからない。
どのように考えても理由がわからないのだ。
仮にカメラを拾ってくれた誰かがいたずらに撮影したとしても手が込みすぎている上に、あの写真のデータを遺したまま警察に届けたわけもわからない。
ほんの少しの時間しかそれを見なかったが、印象で言うのなら戦時中の疎開先の写真に思えた。
20人ほどしかいない坊主頭とおかっぱ頭の子供たちと、両サイドに立つ二人の大人。
後ろの背景には、古びた学校のような……寺のような、画像が荒くてわからないがとにかく古い建物が写っていた。
とにかく今はあの写真を見る気にはなれない。
帰宅してから削除することにしよう……。
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