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【夜葬】病の章 -63-

公開日: : 最終更新日:2018/02/27 ショート連載, 夜葬 病の章



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“【夜葬】をよみがえらせる”――。

 

 

その噂は人目を避けて暮らしてきた鉄二の耳にも届いた。

 

 

窪田はいったいどうしているのか。

 

 

鈍振村で謎の伝染病が流行っているということは知っている。それが原因で宇賀神ら、外の人間たちが皆引き上げたことも。

 

 

奴はこの状況を予見できたのだろうか。鉄二は囲炉裏の火にあたりながらひとりつぶやいた。

 

 

「どうする? 夜葬がよみがえるとあらば、ますます貴様の居場所はなくなるぞ」

 

 

鉄二のそばから、小さな子供の声が聞こえた。

 

 

だがその言葉の内容と、幼く甲高い声が異様に不釣り合いだった。

 

 

鉄二はそんな異様な声に驚くことなく、うつむいたまま黙り込む。

 

 

「だんまりか。それはそうだ。貴様ではどうにもできまい。この村に火葬を押しすすめの貴様だからな。夜葬復活を推進している連中が、今さら貴様の言葉など聞く耳は持つまい」

 

 

おかしそうに笑いを含めながら幼い声は続けた。

 

 

囲炉裏の火を一点に見つめたまま言葉を発しない鉄二の背中を見つめる小さな影があった。

 

 

煎餅布団から顔だけをちょこんと出す、敬介だ。

 

 

だがその姿は赤ん坊のそれではなく、三歳児ほどの見た目である。

 

 

大福のように白くふっくらとした肌、まん丸い顔は愛らしさで満ちていた。

 

 

だがぱっちりと開いたつぶらな瞳は、生きている人間の輝きではない。真っ黒な泥のように、自ら光を放つことを知らない底知れぬ闇を孕んでいる。

 

 

「しかし、こうなるのは至極当然のこと。福の神さんが離れてしまった村に加護などあるはずもない。村の者どもはようやくこの村にとって、夜葬がどれほど重要な儀式かを知ったのだろう。そのためには、やはり舟の名を持たぬ者どもは邪魔だ」

 

 

「……」

 

 

なおも鉄二は口を開かない。

 

 

言いたいだけ言わせておけば啓介が黙ると思っているのだろう。

 

 

そしてそれは概ね、鉄二の思惑通りである。ただひとつ、いくら黙っていても敬介は饒舌に喋り続けるのを除いて」

 

鉄二は知っている。

 

 

村に蔓延する病の正体も、その原因も。

 

 

人の生き血を啜り、生者と死者の狭間に再び産声をあげた存在。敬介である。

 

 

敬介が人語を話し、急速な成長を始めたのは師走に入ってすぐのことだった。

 

 

突然喋り始めたのではない。徐々に鉄二に対して呼びかけるようになったのだ。

 

 

最初はそう聞こえるだけだと思っていた。だが、敬介は明らかに「貴様、我が母体を殺したな?」と言っている。

 

 

覚束ないたどたどしい口ぶり。ろれつの回らない発音。

 

 

それらは次第に改善され、ほんの二週間ほどではっきりとした活舌で喋るようになった。

 

 

そこに子供らしさなど皆無であり、仮に七歳の知能を今持っていたとしても説明のつかない成熟した話術。

 

 

当然、驚きはしたが受け入れるのも早かった。

 

 

なにしろこの子供――敬介は忌み子である。死んだはずの子、【地蔵還り】。

 

 

鉄二が自らの血を上げ続けたことで男と女の血が……いや、父と母の血が体内で混ざり合ったからなのか、敬介は突然鼓動をよみがえらせたのである。

 

 

そうしてこれまでの時間を取り戻すかのように、急速に成長をはじめた。

 

 

しかし、鉄二にはどうしてもわからないことがひとつあった。

 

 

――こいつはどこからきた? 誰の子供だというんだ。

 

 

これは敬介であって敬介ではない。

 

 

仮に敬介だと仮定すると、説明できないことが多すぎる。

 

 

急に成長をはじめたことも、鼓動をよみがえらせたことも、常識では考えられない事態である。だがひとまずそれは差し置いておいても謎なのは、敬介の話す内容だ。

 

 

どのように考えても敬介という子供の器の中に、なにか別の存在の魂が入り込んでいるとしか思えない。

 

 

それでも鉄二は、それを口に出して訊ねるのが怖ろしかった。

 

 

もしもその質問に敬介が答えたとしたら。

 

 

知らない人間の名を言っても恐ろしいが、知っている人間を名乗ることはもっと恐ろしい。

 

 

例えば、船頭。例えば、船坂。例えば……ゆゆ。

 

 

「腹が減った。貴様、飯だ。赩飯をだせ」

 

 

敬介は血を飲まなくなり、その代わりに赩飯だけを食うようになった。

 

 

血と飯を混ぜ込んだ赩飯は本来、人の血――それも、顔をほじくった血。つまりどんぶりさんの血で混ぜ込んだものを言う。

 

 

だが敬介は人間の血でなくとも、そこには執着しなかった。動物の血でもよかったのだ。

 

 

外に出ない鉄二は屋内、野外にネズミの罠をかけそれの生き血を赩飯に使った。

 

 

冷やした釜の中にとっぷりと血の池が張っている。

 

 

蓋を開けると生臭い臭いが鼻腔にねっとりとまとわりつくような不快感が刺した。

 

 

鉄二は丼飯にネズミの血を混ぜ込む。そうすると白い飯はまるでつぶつぶの脂肪のようになり、見た目の肉感が増す。

 

 

敬介は丼を受け取ると、子供離れした食欲で口にかきこんだ。

 

 

鼻から下を真っ赤に汚し、腐った肉のような臭いを漂わせ、満足そうに敬介は笑う。

 

 

「しかしなぁ、夜葬をよみがえらせるということは無垢な血が流れるということだ」

 

 

「……無垢な血?」

 

 

「ふん、やっと口を開き追ったが阿呆め。そう、無垢な血。すなわち命のことだ」

 

 

血の臭いのするゲップを吐き出し、敬介はからかうように鉄二を見る。

 

 

そして指先で宙に文字を描いた。『2』と『9』である。

 

 

「29人の子供が死ぬ」

 

 

「なんだと? 予言か」

 

 

「馬鹿言え。予言なものか。災害でも病でもない。夜葬をよみがえらせるには、『29人の無垢な魂』をささげねばならんのだ」

 

 

「ささげる……だと? まさか!」

 

 

「殺すのだ。29人の顔を、29体の地蔵にはめ込んでなぁ。そうすれば福の神、きたる」

 

 

真っ赤な口を無邪気に歪ませ、敬介は子供らしい声で笑った。

 

 

 

 

 

 

-64-へつづく

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