【夜葬】 病の章 -64-
【夜葬】の起源はさだかではない。
だが敬介が言うには、元々の【夜葬】も元をたどれば29人の子供の魂がささげられたのだという。
「魂……だと」
「そうだ。わかるだろう。この村でいう“魂”というものがなんなのか」
敬介は手に付いた血をぺちゃぺちゃとねぶり、挑発的に鉄二を見つめる。
この村でいうところの魂とは――。
言うまでもなく抉り取った顔である。
つまり子供の顔を29個。29人の子供を殺す。
「馬鹿な。そんな無茶苦茶なことがあってたまるか! 確かに夜葬は気色悪い風習だ。しかし、あれはあくまで『死者』の顔を取って返す。生きている人間……それも子供を殺してその顔を抉るなど」
「ああ、そうだな。訂正する。29人の子供を“生きたまま顔を取る”んだ。殺してからじゃない」
「そんなことはどうでもいい!」
鉄二は発狂したように叫び散らした。
敬介はニタニタと笑い、彼の反応を楽しんでいるようだ。
「落ち着け。元はと言えば貴様が悪いのだぞ? 貴様が自分勝手な解釈を押し付け、【夜葬】をやめたりするから」
「夜葬をやめたから、疫病が蔓延したのか」
「くくく、疫病だと? そんなものいつの時代だってあったはずだ。それが流行るかどうかなど、時代時代の時節に過ぎん。だがいつだって信仰というものは、人間にとって都合の悪いものの悪因をなにかになすりつけることを言う。それが神仏であったりするわけだが、ただというわけにはいかない。いわゆる供物を捧げることに躍起になる。自分たちにとって大切であれば大切であるほど、「我々はここまでのことをしている」という自己犠牲を信仰の糧にするのだ。もう一度いうが、疫病などなにかのせいであるわけがない。原因をあげるならばそれはやはり同じ人間が生んだ澱だ」
長々と持論を展開する敬介の話を辛抱強く聞き遂げると、鉄二は「ならば夜葬を復活させたところで疫病は治まらないのか」と訊いた。
「治まるさ。治まらなかったとしても、せいぜい「夜葬のおかげでマシになった」とこじつける。相変わらずめでたい連中だ」
――めでたい連中? こいつ、鈍振村にいた人間なのか。
敬介が口にした言葉を鉄二は聞き逃さなかった。
これまで敬介の中にいる人物が何者なのか全く見当もつかなかった。
だが鉄二はどこかで、これまで自分が犯してきた罪を清算する神に近い……いや、鬼に近いなにかだと思っていたのだ。
――神でも鬼でもない、この村の出身者だとするなら……いったい誰だというのだ。
船頭。船坂。元。美郷。
思い当たる人物が次々と浮かんでは消える。だとすれば――。
「貴様の考えていることがわかるぞ。ふふふ、大方わしが誰かと考えておるのだろう? 生憎だが貴様が知っている者ではない。そうだな、わしは【墓守】だとしておこうか」
「【墓守】?」
「貴様は知らなくともよい。それに【夜葬】が再びはじまれば、おのずとわしのこともわかろう」
そう言って【墓守】と名乗った敬介は布団にもぐり、眠りに入った。
――こいつはいったい誰で、そして何が目的で敬介の中に入ってきたんだ……。
眠る敬介を見つめながら鉄二は自問した。
敬介がすやすやと寝息を立てるのとは対照的に、震えて布団にくるまる男がいた。
布団の中に安息の闇を作り上げたかと思うと、時折隙間を作って辺りを見回す。
誰もいないことに安心するとまた布団をかぶり身を隠すのは窪田だった。
精悍だった顔つきも、がっちりとした体躯も、いずれも見る影もなくでっぷりと肥え、みっともなくせりだした腹がうずくまる膝を邪魔している。
窪田邸には彼以外の姿はない。
妻も子供も、御変り病の流行りはじめで山を下りたのだ。
病院もない山間の村で呑気に疫病を避けて暮らせるほど、毛の生えた心臓は持ち合わせていなかったということだ。
しかし、これまでの功績が認められ念願の村長という地位に就いた窪田にはこの村から去るという選択肢は残されていなかった。
それに疫病とはいってもすぐに事態は収束すると考えていた。実際、病にかかっているのは船乗り姓のものばかりなのも彼の気を大きくするのを手伝った。
だが気がつけば、宇賀神が去り、船乗りでない村人は減り、自分は持て囃されなくなった。
それどころか、外の潮流を持ち込んだ諸悪の根源のように見られるようになっていったのだ。
窪田の不敵な笑みは消え、怯える姿は滑稽なほどに惨めだった。
あれほど自信に満ち、魅力的だった男は今、饐えた臭いが染みついた布団にくるまり、ただただ時間が過ぎていくのを待っている。
『窪田村長。五月女です。お話があります』
戸を叩いた五月女の声も、聞こえないとばかりに強く布団を引き締めた。
五月女の声はなおも続く。
「窪田村長、お願いです。あなたの力が必要なんですよ」
――うるさい、だまれだまれ! どうせお前も船乗りの連中にいわれてやってきたんだろう。疫病のこともなにもかも俺のせいにして、俺を……俺を!
どんどん、と鳴る戸。
屋内に響いた訊ねる音は、しばらくしてやんだ。
ひとまずそれにひと安心を覚え、窪田は布団に隙間を作る。
「ようやく消えやがったか。くそ、なんで俺がこんなめに。それもこれも全部、あの野郎が悪い。そうだ、黒川の野郎……」
人と会わず、ただ布団にくるまって日々をやり過ごしてきた窪田は、こうなってしまった原因を誰かのせいにせずにはいられなかった。
それが鉄二に向かうのはある種自然なことだったのかもしれない。
「あの赤ん坊、絶対にあの家にいる。あの赤ん坊がこの村に病をもたらしたに決まっている。そして、俺から運を吸い上げたのも――。やっぱり、この手であの時、めちゃくちゃに殺してやればよかった!」
あらぬ方向に逆恨みを向け、窪田は次第に敬介を殺すことがすべての解決につながるのではないかと極論に達していた。
どん、どん
その時、唐突に戸を叩く音がした。
「くっ、五月女の野郎か! しつこい奴だ!」
再び布団にくるまった窪田だったが、五月女の声はしない。
「……?」
――なんだ、えらく静かだな。
どん、どん
窪田は布団の隙間から戸をうかがった。もちろん、声は出さない。
「おかわりありますか」
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