【連載】めろん。46
・ギロチン 29歳 フリーライター⑥
起き上がろうとすると烈しい頭痛に自由を奪われた。
「あぐっ……!」
目の粗いやすり紙を頭蓋に差し込まれ、擦られているようだった。ガリガリ、ともジャリジャリともいえる複雑な頭痛。頭を抱え再び枕に埋もれる。
――どこだここは。なぜ俺は布団の中にいる?
病院か? いや、そうではないのはわかる。ならばどこかの家だろうか。
容赦ない頭痛の中、なんとか目で確かめる。白い天井が見える。
白い色で思いだした。俺はあの謎の施設で急に意識を失ったのだ。いや、この頭痛は……きっとその時のもの。
あの時、思いきり頭を殴られたに違いない。
普通、そんな乱暴なことするかよこのご時世に……。
白い施設のバックにきな臭さを感じた。世間にはだせない秘密がある、とわざわざ言っているようなものだ。
白い天井ということは、俺はまだ施設の中にいるのか。それもそうだ、施設で襲われたのであればそうするのが自然だ。
だが白は白でもどこか違和感を覚える。施設ではないような気がしていた。
その根拠とは壁紙だった。白といっても真っ白ではなく、柄がある。それにもろもろとした質感もあった。
多分、これは壁紙だ。一般の家に貼ってありそうな、ごく普通の壁紙。
「おじゃましますよ~」
突然、呑気な調子の男の声がした。起き上がろうとすると頭痛がするため、目で声を追った。
「あんたは……」
視界に入ってきたのは黒いスーツ姿の男だった。一瞬、判然としなかったがすぐに知っている人物だと気づいた。
随分と恰好は違うが、施設の入り口で俺を待たせた掃除夫だ。
「さっきはどうもぉ。随分とお待たせしちゃったみたいで~はは~」
なにがはは~、だ。あんたが戻ってこないおかげで俺は……
頭で文句を言うが口にはださなかった。それだけの気力も体力もない。ここで俺はようやく自分が、頭痛で参っているだけでなく体力も消耗していることに気づいた。
「えらくめろん村に似つかわしくない容姿の御仁で。何者ですかねえ、あなた」
俺は睨むだけにとどめた。
「おお、怖い。それなりの修羅場はくぐり抜けてきた……という感じですかねぇ。しかしぃ……」
眉をハの字にして困り果てたような顔を浮かべ、男は俺の肩に手を乗せた。
「残念ながら、この修羅場は攻略不可だと思うのですよねえ」
申し訳なさそうな顔が次第におかしがる愉快なものに見えてきた。彼が表情を変えたわけでもないのに、なぜそう感じたのか。
「俺を……どうすんだ」
「私はどうもしないですよ? ただ、めろん村の愉快な住民があなたを使っておもてなしするかもしれませんねえ」
妙な言い回しをする男だ。これから俺はリンチにでも会うのだろうか。いくら閉鎖されている空間だからといって、そんなことがまかり通るわけがない。
そもそも破天荒をはじめ、何人かの人間は俺がここへきていることを知っている。仮になにかあれば、帰ってこないことを不審に思われる。
そして最後に俺が向かった場所がここだとわかるはずだ。そうすれば、この男も、この施設もただでは済まない。
「自分から話すつもりがないようなので、仕方なく告白しますが……あなたの持ち物を調べさせてもらいましたよ~。色々お持ちで。メモにはびっしりとここを調べたことがありましたねえ、鬼子のことまで知っているとは恐れ入りました。ウェンディゴ症候群と関連付けている考察もお見事。あなたの努力に敬意を表して、しっかりと燃やしておきました。ねえ、ギロチンさん」
意外ではなかった。持ち物には名刺もあるし免許証もある。この男は俺が何者か最初からわかっていて、わざとらしく訊ねたのだ。
「目は口ほどに物をいう、といいますが……ギロチンさんもそうですねえ。そんな情報、屁でもないってところですか」
そういえばこの男はレコーダーのことを口にしなかった。あれこそ今回の取材の肝だ。メモよりも何十倍も重要だ。
重要と自分で言っておきながら情けないが、俺はどこかに落としてきたのかもしれない。あれを回収する手段はないだろうか。
逡巡するが、どのみち俺はしばらく動けない。回復するまで我慢するほかないだろう。
「ギロチンさん、せっかくのご縁ですしねえ、老婆心ながら聞いていただきたい」
そう言って男は腰をかがませ、顔を俺の鼻先まで近づけた。
「舐めてもらっちゃ困る」
「どういう意味だよ」
「そういう意味です」
背筋を戻すと男は部屋の外へ向かって「もういいですよー」と声をかけた。
「では私はここでお暇(ルビ/いとま)いたしますねぇ。できるだけ美味しく召し上がられてくださいね~」
「さっきからなにを言って……おい、待っ……痛っつ!」
またしても頭痛にさえぎられる。今の俺はとことんなにもできないようだ。
男が去るのと入れ替わるようにしていくつもの足音が部屋に入ってきた。
「……なんだ?」
ぞろぞろと何人もの人間が視界に入った。その誰もがにこにこと笑顔を浮かべている。全員が同じ顔をしていて薄気味悪かった。
「リンチでもする気かよ? いいのか、そんなことして」
動けないが、こっちが怖気づいていないのと、カードを隠しているような言い回しをする。俺になにをするつもりか知らないが、これでマウントを取れれば普通の奴は少しくらい躊躇するかもしれない。
「めろん」
「は?」
なんだ、めろん村のことを言っているのか。さしずめやめろという意味だと汲めということだろうか。
「めろん」
「めろん」
他の連中もめろんめろんといい始めた。そうか、これは俺を脅かしてトラウマを植え付けようという魂胆なのだ。バカバカしいが、めろんの情報をある程度掴んでいる人間からすれば恐怖かもしれない。
「わかったわかった、好きにしろよ。その代わり、この後のことは覚悟しておくんだな、俺のナリを見りゃヤバイやつそうだってことくらいわかるだろ」
「めろん、めろん」
ひとりの男が、のこぎりを持ちだした。その瞬間、血の気が引く。
「おいおい、なにするつもりだ? 俺を輪切りにでもするつもりかよ」
「めろん……めろん」
じゅるっ、とよだれを啜る音が聞こえ、ゾクリとした。
凝った演出だ。どこまでやれるか見てやりたいが、なぜだか背筋の悪寒がどうにも止まらない。厭な予感がしている。
じゅる、じゅるる、
あちこちからよだれを啜る音が鳴る。
「やめろ、充分トラウマだよこのシチュエーションは。そんなことより、めろんめろんってあんたら、めろんのこと……」
右足の脛にギャリギャリギャリギャリ、と凄まじい音と振動があった。
そこから先は覚えていない。
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